以下は次回の毒書会&対馬旅行に関する相方とのやり取り(ちなみに「M」がわっちです)。
Y
あと以前軽く話した対馬の件も、もし都合つけられるならば是非(年内とは言わないが)
M
対馬は来年のGWじゃなかったっけ?
Y
あ、そうだったっけ?来年のGWでよろ。
M
予定調整しマッスル。ちなみに対馬(およびナショナリズム)と言えば、村井章介の『日本中世の内と外』がおもしろいらしい。「倭冦」の倭は倭人=日本人ではなく、中華王朝にも日本にも属さない、マージナルな存在を名指したものだとかを史料に基づきつつ考察しているようだ。
まあ「後期倭冦」はそもそも明の海禁政策に反発する中華王朝の人々というのは教科書レベルの有名な話だけど、命名から印象づけられるものと内実が一致しないというのは重要だし興味深いね(現代ウイグルや現代ウズベクもそうだけど、そういった名称を近代国家の枠組みに慣れ親しんだ我々は、アンダーソンも指摘するように、つい過去に無批判に投影してしまいがちだ、というところか)。
次の毒書会のテーマは「ナショナリズムに関するお勧めの書籍を報告し合う」というものなのだけど、それを軸にしてあれこれ考えながら本を読んだり探したりする行為には実りが多く、とても刺激になっている。
ところで、ナショナリズムを扱う際に陥りがちなのは、それを「国家主義」や「民族主義」といった「単なる思想」としてみなしてしまうことだと思う。なぜなら、仮にそうしてしまうと、過去にも古代ギリシア人によるヘレネスとバルバロイの区分、ドイツ人に対するチェック人の反発(cf.フス戦争)、コシューシコの反ロシア闘争、異民族の軍事的優越に対する朱子学の大義名分論的反発、日本の神国思想etc...と「それらしい材料」は過去にいくらでも発掘できるわけで、そのため「新しく作られたものではなく昔から存在していた」とお定まりの反発の中が起き、話の軸を定めることが困難になってしまうからだ。
ゆえに、例えばアンダーソンが出版と共通言語の普及に想像の共同体の基盤を見出したように、「いかなるシステムによってそれが前面化・均一化の道を辿ったのか」を探ることが肝要ではないだろうか。そのような見地に立てば、先に例として挙げたポーランド分割を考える際も、確かにコシューシコの反乱は起こったものの、そもそも王権が弱体でロシアと結ぼうとした貴族が大勢いたことが分割とその成功の背景にあり、そこではある意味「国=~家の所有物」という中世的発想が根強く存在していたことにも目がいくはずだ。つまり、コシューシコに民族主義的要素をみなすのは妥当性があるとして、それをポーランドという領域全体に適応するのは完全に誤りというが理解できるのではないか(つまりナショナリズム的発想は、「目指すべき理想として国の柱には据えられていないし、そうなるようなシステムも整えられていない」と言える)。
また、少し視点は変わるが、『世界の辺境とハードボイルド室町時代』で紹介したように、「法の多元的適応」という状況に我々の多くが違和感を覚えるのは、(主権を軸にした)暴力の独占による均一的な法の適用という、近代司法のあり方に我々があまりにも慣れ親しんでいるからでもある(暴力の独占という面については、萱野稔人が以前よく言及していたのでご存知の方も少なくないだろう)。
なお、我々が自明の前提としている発想を相対化するためにも、中世の世界観や法社会学的理解は非常に参考になると思う。あえてナショナリズムの発想を単純化するなら、民族とは確固たる一つの集団なわけだが、しかしそれでも、「AがBに貸した金を返さない場合に、同じ民族のCから取り立てを行った」と聞けばいささかぎょっとするのではないだろうか。これはつまり、我々が(ここではやや大げさに聞こえるかもしれないが)「私有財産とその神聖不可侵」といった発想を自明の前提にしていることを示してもいるが、例えばそれを中世日本の「国質」や「郷質」などと比較対照してみるとよい。これは私的切り取り行為であって国家規模で制度化されていたわけではないが、そういった取り立てのシステムは、均一的な法の適用という発想の相対化ともなるし、また『喧嘩両成敗の誕生』でも描かれるような共同体レベルでの復讐行為とも連動して、国民国家や近代司法の発想法を相対化してもくれる。
閑話休題。
そう考えてみると、ナショナリズムを考える上で注目すべきは「国民国家のシステムがいかにして洗練されていったか」ということであり、それは例えばベンサムの言うパノプティコン(教育や徴兵)であり、また多くの場合は民主主義(国民主権)・資本主義・民族主義の三位一体であり、そしてそれによる富国強兵を成し遂げた列強を、他国が模倣せんとしたことでそのようなシステムがモデルケースとして世界に広がっていった(もちろん全ての国がそうなったわけではない)・・・と言う事ができるのではないだろうか(ただし、そういうシステム化を通じて、「国民国家の中でみなが均一な発想をするようになったわけではない」ことは、ここで強調するまでもないだろう。ここには「信教の自由」や「思想の自由」なども絡んでくるが、それはまた別の機会に扱うこととしたい)。
とはいえ、このような定義づけでこぼれ落ちるものは数多くある。その一つがマージナルな存在とその扱いであり、今『日本中世の内と外』を読んでいる理由の一つはそれである(まあもっとも、国民国家のシステムが成立して以降の話であはないので、どちらかと言えば国民国家以前の世界観から国民国家の特徴を照射する、というような目的なのだけど。より直接的に調べるのであれば、学部生の時の発表で調べたこともあるがいわゆる「民族籍」とそれによる分断などを掘り下げた方が適切ではあるだろう)。
そしてもう一つは共産主義国のあり方だ。共産主義とナショナリズムと聞いて何をバカなと思われるかもしれないが、列強≒独占資本主義に対抗する基盤として共産主義が機能した地域もあることは事実であり、蔑ろにすることはできないだろう。まあもっとも、自分が今読んでいるのはスヴェトラーナ=アレクシェーヴィチの『セカンドハンドの時代』であり、その共産主義というものがシステムとして人々の心性や行動にどのように作用したのか、というこれまた別視点でナショナリズムを照射するような方向で読書を進めているのであるが(他にポスコロとかもあるが今回は割愛)。
・・・ということで今回はとりとめのない簡単な(?)現状報告でおました。
なお、対馬旅行は韓国旅行(現在執筆途中だが、これまたエキセントリックな内容なので、いずれ書きあげたい所存)の帰りに船で寄ったものの、ほぼ通過しただけみたいな感じだったので、一体この境界に存在する島がどのような姿を見せてくれるのか、今から楽しみでもある(・∀・)
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