ハート様に世紀末的社会の生き方を尋ねんとす

2017-08-24 12:23:51 | 本関係

今度、友達との読書会でハートの「法の概念」を扱うことになったと書いたが、その後で私が送ったラインは次のようなものであった。

 

<以下引用>

ちなみに法関連については個人的に三つ興味があって、一つは憲法関係。最近東京外大の篠田さんて人が日本国憲法の読み替えの話をしている。次は人工知能の広がりと責任の問題(自動運転が典型)、最後は認知科学の知見と責任の問題。これはカントも問題にしていることだが、そのそも人間に完全な自由意思など措定できるのか。あらゆる原因が行為には存在しているという意味で、それは自由意思による選択ではなく外的要因による必然であり、ということはそのことにどう責任を問えるのか、という視点(まあカントはそう問うたうえでそれでも個人に自由意思とそれに基づく責任があると措定しなければそもそも社会が成り立たないと結論しているのだが)。昨今認知科学の知見により依存症が個人の精神力の問題ではないと言われるようになっている(ゆえに、自己責任として個人の自助努力に期待し、それができない奴は実質救済をしないような思考様式はそもそも間違っているという訴えにつながる)。このような新知見と法はどのように切り結んでいくべきか。

以上三点が法関連の主な興味でやんす。

<引用終わり>

 

ここで言う「篠田さん」とは最近話題となっている篠田英朗である。そこでは、日本憲法に関する解釈論議がいかに象牙の塔のようなものになっているかが述べられている(ただし、念のため言っておくが、そこで集団的自衛権が解釈的に認められるという立場を支持したとしても、立憲主義の何たるかさえ理解していない安倍政権やその改憲を支持するのは全く別のことだ。また一般国民の理解水準として、そもそも1928年のケロッグ・ブリアン協定=不戦条約を批准している時点で戦争を放棄するという立場を取っているのだとか、あるいはそれに則った国連憲章を認めている時点で同じことが言える=憲法9条がないと戦争をする国家になるなどとは言えない、といった認識がどれだけ広がっているのかとは思う。ここで賢明な読者は、ヴェトナム戦争を始めとする様々な戦争が、基本的に相手に手を出させた体裁を取っていることを連想するであろう。言い換えれば、「自衛戦争なら認める」というプロトコルが存在したところで、やりようによっては戦争を仕掛けることはできてしまうのである)。日本を規定する枠組みとして真理と言われてきたことが、果たして本当にそうなのか?(=実は様々なフィクションに則っているにすぎない)ということを考え、議論するきっかけとして非常に有用な書籍であるように思われる。

 

で、これがどうハートと繋がるかと言うと、彼が述べているのは法が歴史構成物であるということである。端的に言えば、法がある社会的状況・要請に基づいて作り上げられたもので、それ自体が何らかのユニバーサルな真理であったり、またそれゆえ永久に変更不可能・神聖不可侵なものではない(例えば、イギリスのアダム=スミスやマルサスの古典派経済学[極めて単純化して言えば、弱肉強食的自由貿易を肯定]などに対抗し、ドイツではリストを中心に歴史学派経済学[その地域ごとの特性に基づいた経済学が必要であると言い、ドイツの保護貿易の必要性を主張]が形成された。後者と似たような視点として、19世紀ドイツでサヴィニーが歴史法学を提唱している)。

 

私たちは、ともすればアプリオリな規範と、それに基づく法が存在するのではないかと思いがちである。わかりやすいのは「人を殺してはならない」であるが、しかしこれは歴史を見れば明らかなように、そのような規範がユニバ―サルな法として適用されたわけでは全くない。アプリオリな規範に基づく法は、natural law(本質的な法)と訳される(これについては、もちろんローマ帝国や社会契約説を想起する方も多いだろうが、一つとして、東ローマ帝国のユスティニアヌスが地中海世界に領土を拡大したとき、つまり広範囲を支配し多民族を領土内に抱えることになった時、「ローマ法大全」が必要となったことを思い出したい)。しかし、そのような考え方(万民法)が出てきたアレクサンドロス帝国やローマ帝国、ないしは地中海世界やヨーロッパに目を向けても、十字軍によるムスリムなどの虐殺、大航海時代の現地民虐殺といった蛮行を行ってきたわけであり、しかもこれはcrimeとして裁かれたわけではなもちろんない(今の私たちがそれをsinsとみなすことはあったとしても)。これについては国際法を想起される方も多いだろうが、周知のようにそれは、三十年戦争という17世紀の戦争の惨禍を見てグロティウスが構築したものであり、それから徐々に国際法として整備されていったものである(しかも、彼がそもそもそのようなinter-nationalな法を構想したのは、スペインの支配下でその法において違法とされる行為=プロテスタントの信仰やオランダの独立をどう正当化するかという戦略的目的があったことを念頭に置く必要があるだろう)。これら代表的な例を見るだけでも、「人を殺してはならない」という規範・法がユニバーサルに適応されたことなどなく、よってそれはアプリオリな規範・法とは呼べないのである(私たち近代社会の人間は「人権」という名の擬制が真理と思い込まされて長いので、それを忘れて「なぜ人を殺してはいけないのか」という問いがただの社会契約で片付くものだとは思えず、多くの人が無駄な煩悶をすることになるのである)。

 

ところで、ここに到って(もしくはその前から)法の適用範囲の問題ではないか?という疑問を持った人がいるかもしれない。その問いは極めて重要である。というのも、十字軍や大航海時代などの事例においては、相手が自分たちの法の外にいる存在として見倣わされるから国内法の適用範囲外となる、という考え方は可能なわけだが、と同時にヨーロッパの人々の多くは、相手を同じ「人間」とさえ見なしていなかった場合も少なくなかった。これがなぜ重要かと言うと、そのような「誰が共同体の仲間か?」という問いこそ、まさに今先進各国で鋭く問題視されていることだからである。それはトランプ現象であり、ブレグジットであり、FNの躍進であり、オランダの極右政党の躍進であり、あるいはイタリアに次々と流入しているリビアなどの移民・難民への対処問題である。おそらくこれを聞いても、まあとはいえ「人権」という擬制があって国際法もある世界ではそう無茶もできんだろうと思うかもしれないが、アメリカがアブグレイブ刑務所で拷問を行っていたのはつい最近の話であり、また今後問題がさらに進んで地球規模の食糧問題や資源問題が生じた時、果たしてそのような悠長なことを言っていられるだろうか?と私は思う(だから安全保障といえば軍事ばかりで、食やエネルギーの安全保障という発想に乏しいのは極めて問題だと考える)。かつてロールズとサンデルがリベラリズムとコミュニタリズムの立場で普遍がありえるのかを論争し、結局はそんなものは存在しないというサンデルの側が勝利したわけだが、法の問題も含めて、今後「誰が仲間であるか」が鋭く問われていくことになるだろう(その時、国内の生活保護受給者に対してさえ二級市民的な扱いをする我が国の多くの人々が、一体どのような反応を見せるのか楽しみでもある、と他人事のように言ってみるテスト)。

 

以上が、一番目の問題意識でハートを選択した理由である(二番目・三番目の問題意識については二回目以降の読書会で特に問題となってくるであろう)。ただ、私は法学者の立場からすると今のような議論がどのように見えるのか、問題があるのか心もとない部分も多々ある。その点について朋友の知恵を借りようという次第である。

 

ちなみに、「象牙の塔」ということについては、日本の宗教関連の本を読んでいてもつとに思う事である。日本の宗教という時には、とにかくその宗教的多様性(八百万の神!)と、それがあたかも超歴史的なもののように言われることに違和感をずっと覚え続けてきた。というのも、周知のように古代においては多神教こそが一般的であり、後に一神教になった地域というのは初めから一神教的要素が内包されていたとでも言うのだろうか?たとえばローマ帝国におけるキリスト教の弾圧と後の国教化は有名な話だが、そもそもキリスト教が広がる前はヤヌス(Januaryを想起されたし)やマルス(Marchを想起されたし)の神に代表されるように多神教であった。なるほどキリスト教が創始された後、弾圧もなく枯野に火が燃え広がるように拡大していったというのならまだわかるが、ネロがローマ大火の責を負わせてキリスト教徒を大量に処刑できた背景には、伝統宗教の行事に参加しないキリスト教徒たちが地域共同体から白眼視されていたという背景があり、様々な反発が存在していた(類例としては日本が仏教を取り入れた際の物部氏と蘇我氏の争いなどを想起すれば十分だろう)。あるいは、キリスト教が広がった背景として皇帝の神格化=オリエント風専制の取り込みによる唯一神マインドの浸透などといったことを思う人がいるかもしれないが、そもそも自らをユピテル(Jupiterを想起されたし)の子としたディオクレティアヌスが専制君主制を始めたのはキリスト教が相当程度帝国に広がった後の話だし、もっと言えばオリエント風専制が行われていた古代オリエントは、著名なアッシリアを始めほぼ全て多神教であった。こういった話が、シャーマニズムを信奉してきたゲルマン人に関しても言えることは当然であるが、要するに、「日本が昔から多神教的で今も多神教的なのは日本が多神教的なマインドを持っていたからだ」とったありきたりな議論は、他国との比較をすればすぐにおかしな話だと気づくレベルのものだ(ついでに言うと、戦国時代にキリスト教や一神教的傾向を持つ一向宗が多くの信者を獲得していたことをこの理屈では説明できない。要は、超歴史的な視点で語るのは一見正しいように見えてその実思考停止であり、実際には各時代・条件変化による変遷を見ていく必要があるように思える。すると例えば、戦国時代の動きは価値観の大きな変動期にあたっており、そこに強い求心力を持った宗教が人々の心にコミットしたという可能性が考えられ、また一方で明治期にキリスト教が広まらなかったのは、すでに仏教が社会システムとしてかなり根付いたいたことと、いわゆる近代天皇制がそのアノミーを収束させて近代化を果たす軸になった、ということが考えられるだろう。また世界の状況を鑑みれば、フィリピンのように占領の問題であったり、ロシアのギリシア正教改宗のように文化的状況を考慮に入れず、多神教的・習合的メンタリティで語ろうとするのも奇妙である)。ともあれ、このような議論はいずれ稿を改めてしたいものである。


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