和歌山カレー事件:デュープロセスオブローとスプリングエイト

2020-10-22 11:56:14 | 感想など

 

和歌山カレー事件が冤罪ではないか?ということは比較的早くから言われていたと記憶している。そして今回の動画を見ると、状況証拠しかなく、動機づけも不明で被告が罪を認めてもおらず、さらに言えば証拠の捏造すらありうるということで、改めてその可能性が高いと感じた。

 

これはより正確に言えば、「有罪とするに足る根拠に乏しい」ということだ。勘違いされがちなことだが、「無罪」と「無実」は違う。無罪とは「やっている可能性はあるかもしれないが、そう断定して刑を確定するに足る根拠に乏しい状態」、一方で無実とは「実際に犯罪を犯していない」ことを指す。

 

今さら言うまでもないことだが、容疑者が捕まると、報道は警察側の発表に沿って過熱していく(このように一方向で報道が偏るのは記者クラブ制度やクロスオーナーシップといった問題も絡んでいるが、それはまた別の機会に)。するとそれを視聴する人々の多くは、「まあ何か悪いことをしているんだろう」ぐらいの漠然としたレッテルを貼り、そこで被告の場合は保険金詐欺のことなどもあったから、そのまま「まあ何だかんだ疑問なところはあるけど、カレーの毒物混入もこの人がやったんじゃないかな」という方向(=推定有罪)に誘導されていくわけだ(ここで重要なのは、「被告=無謬の被害者」などというレッテル貼りもまた、有害無益であることだ。それは結果として「いやこんな悪いところもあるじゃないか」という余計な炎上の要素を作り出すだけであり、ただの自己満足にしかならない)。

 

このような風潮が、代用監獄制度や自白偏重主義と相まって日本の司法を「中世的」と言わしめる理由にもなっているわけだが、これが一種魔女狩り(疑わしきは罰す)を思わせるというのもよく指摘されることである(なお、これも念のため言っておくが、それは欧米の司法制度が無謬で問題が存在しない、などという単純な話ではない)。

 

ともあれ、私が今回の件で興味深いと感じたのは、スプリングエイトが新しい鑑定方法として導入され、それが被告の罪を認定するにあたって有力な根拠の一つとされたことだ。この鑑定にまつわる話も色々と疑義を挟む余地がありそうなのだが、そこから有罪へもっていこうとする「熱意」も加味すると、それは私に足利事件を連想させる。

 

清水潔の『殺人犯はそこにいる』に経緯が詳しく書かれているのでそちらを読んでほしいが、そこで冤罪が生じてしまった理由の一つは、新しい鑑定方法の導入とそれに効果があるような結論を出すことへの固執、そしてそれゆえ鑑定結果に疑義が差し挟まれるような可能性を始めから拒否する(再検証できるようにする材料を残さない、と言えばそれは不都合な資料を残さない官庁のメンタリティと同じものが連想されるだろう)という警察・検察側のスタンスにあったと言える。

 

今回の和歌山カレー事件についても、京大教授による再鑑定の結果は、被告の自宅から見つかったヒ素と犯行に使われたと見られる紙コップに付着したヒ素は別物である、というものであった。これと冒頭に述べた状況証拠しかないこと、動機づけも不明で被告は一貫して犯行を否認していること、そしてそれにもかかわらず有罪とした有力な根拠の一つに重大な疑義が生じていること。以上を踏まえれば、再審を行うのが道理というものであろうが、然るに今もってそれは受理されないままなのである(ちなみに死刑制度の問題点としてよく指摘される不可逆性もここに関連する)。

 

そもそも日本の司法はアメリカが入り込んできた時にあまり変化を被らなかった領域の一つとされており、それゆえに前近代的な要素が多分に残ってしまったと言われている。またそもそも、デュープロセスオブローという近代司法の基本的な前提をあまりよく理解していない一般市民(と教育や報道のあり方)にも大きな問題があることも忘れてはならない。

 

凶悪犯罪の件数が減り続けているのは統計上明確にわかることだが、一方でこれから経済停滞と社会の分断は進み、人々の不安・不満はますます膨らみ続けていくだろう。そのような中で、レッテル貼りが今まで以上に横行することは容易に想像できる(何となれば、ネットは見たいものしか見ないという傾向を加速させるので)。

 

そのような未来予測ができるからこそ、改めて司法のあり方を見直しておく必要があるのではないか、と今回の動画を見つつ改めて考えた次第である。


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