以前、わが畑でボランティアをしてくださった方から、田口ランディさんの『いのちのエール』(中央公論新社、2015.10)を読んで触発されたと言われていた。前からそれが気になっていて、その本は確保していたものの読むまではいかなかった。今回やっとそれを読むことができた。
壮絶な家庭環境にいた著者の田口ランディさんの絶望と希望との相克が、岩木山麓で「森のイスキア」を主宰していた佐藤初女(ハツメ)さんとの出会いで癒しと希望を入手していく軌跡を描いたドキュメントだった。
「イスキア」とは、イタリア・ナポリ湾にある島のことだ。そこで、何不自由ない青年が生きる目標を失っていた中で、その火山島で見た自然の美しさ・静寂から自分を取り戻したことにちなんで、そういう癒しの場を作ろうと動いたのが佐藤初女さんだった。「森のイスキア」を開設したのが70歳のときだった。
その実践の様子は、龍村仁監督の映画「地球交響楽第2番」で紹介されている。すなわちランディさんは、初女さんが食事作りしているときの食材への愛情、調理過程への集中力とその所作から、ランディさんの長年の家族との軋轢が溶かされていくというわけだ。
ぬか漬けについて初女さんは、「ぬか床の菌も、野菜も、みんなお互いに助け合っているのだけれど、だからって、なにもしていないの。なにもせずに、ただ、ぬか床のままで、あるがままにいるだけで、おいしくなって、それぞれに、それぞれを助けているの」と語った。多様な生き方とその意味を「食べる過程」から学ぶ初女さんの観察力が鋭い。
そんな語りのなかに、初女さんの生きる姿勢、人との距離感、自立ということ、食材とのかかわりなどの世界観が示されているように思う。それはクリスチャンという枠だけでない普遍性がある。それをランディさんもしっかり受け止めようとしている謙虚さが伝わってくる。
後半には、ランディさんと初女さんとの対談が特集されている。冒頭のランディさんの詩のような朗読が素晴らしい。絶望の極みにさい悩める自身の精神状態のなか、初女さんにあったときの静謐な世界の衝撃を告白している。ただし、公開対談だったようで、全体としては中身が表面的に流れたきらいがあるが、暮らしの合間に読める気軽さがある。
本を出版した翌年の2016年、初女さんは病没、94歳だった。