山里に生きる道草日記

過密な「まち」から過疎の村に不時着し、そのまま住み込んでしまった、たそがれ武兵衛と好女・皇女!?和宮様とのあたふた日記

初ほだ木から初シイタケ

2020-10-11 21:13:36 | 食彩・山菜・きのこ

 きのこの師匠が庭の原木からシイタケをゲットしたというので、あわてて昨年の春に近所のシイタケ農家からいただいたほだ木の周りを急遽草刈りをする。背丈ほどの雑草が伸びていたので草刈機を縦や横に振りかざしてやっと草苅を終える。まだ、全部の様子は見る余裕がなかったが、チラリと見えたシイタケ。それをとりあえず初収穫する。この最初の収穫ができるかどうかがこれからの指標ともなる。

 駒菌を打ち込んだのが昨年の5月中旬。普通なら2月あたりから駒打ちするが大幅に遅れていた。そのため、いつも注文する「森菌」の在庫がなくて、栃木の「大貫菌」を初めて使ってみた。森菌のしいたけは旨みもコクもあり、肉厚の「どんこ」も収穫できるが。

                

 ちょうど、夕飯の準備をしていたので無理じいしておかずの一品に加えてもらった。時間がないので、すぐできる油炒めにする。収穫が遅かったので味は大味となってしまった。それは「大貫菌」の味なのかどうかは今は判断できない。それでも、じゅうぶん秋を感じさせる夕べとなった。

 また、直径50cm以上もあるいくつかの切り株にも駒打ちしてあるが、こちらのほうの様子も気にかかる。寒冷紗をかけていたので湿気で雑菌がはびこっているかも知れない。まずは、原木シイタケが無事出てきたことで安心の第一歩となった。

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赤紫蘇の実の佃煮

2020-10-10 21:21:17 | 食彩・山菜・きのこ

 畑のあちこちに赤紫蘇軍団が勢力を伸ばしている。すでに、ブルーベリーを圧倒するくらいだったので、まずは木のような根っこから掘り上げることにする。

   

 予定では紫蘇ジュースを作ろうとも思ったけど、夏は過ぎすでに秋たけなわになってるし、葉も小さくなってしまっている。そこで、紫蘇の実で佃煮を作ることにする。雨を避けて軒下で実をひたすら採り続ける。かなりの量になってしまった。

        

 まずは試作がてら、その一部の実を水に浸けてゴミを取ったりアクを抜く。これを何回か繰り返す。小さな葉も混じってしまったが自家用だから、いつもの通り気にしない。

                  

 フライパンで味醂や醤油とともに炒めていく。柔らかい実や硬い実もあったがそれも気にせず一緒にブレンドしていく。水分がなくなったころに出来上がり。

                  

 豆腐に乗せて食べてみる。とびきり旨いわけではないが、合格ラインスレスレでスルーする。あったかいご飯に乗せたり、卵かけご飯に混ぜたりしても、そこそこ行けそうな味だった。イノシシ被害で葉物野菜が植え付けられなかったので、野生化した赤紫蘇の出番となったわけだ。畑にはまだ軍団が道を塞いでしまっているので駆除しなければならない。

 エゴマの野生化に続き、次にはハブ茶の原料になる「エビスグサ」の野生化と格闘することになりそうだ。これらは野菜をとっくに凌駕して道を塞いでしまうほどの勢いだ。とは言っても、健康には効能のある漢方薬でもあるから有効利用したいところだ。

   

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「おぬしに自分の羅針盤はあるか」

2020-10-09 12:50:49 | 読書

 茶人シリーズで今回は、長部(オサベ)日出雄『まだ見ぬ故郷/高山右近の生涯』上下巻(新潮文庫、2002.10)の小説を読む。戦国武将としても茶人としてもさらにはキリシタン大名としても有能な文化人「高山右近」の波瀾万丈な一生がドキュメンタリータッチで描かれる。しかし、彼の果たした役割や煩悶はあまり知られていない。しかも、信長・秀吉・家康と三大天下人と対峙・連携した指導者も史上珍しい。

   

  来日したそれぞれの宣教師は日本の現状を本国へ報告書を出しているが、著者がそれらを丹念に調べている苦闘が伝わってくる。宣教師は基本的に植民地支配のスパイ・先導者だとかねがね思っていたが、多くはその傾向があるとしても、内部は軍事力とセットで支配しようとする武闘派あり、相手の文化を認めながらの調和派あり、貿易で利益を獲得しようとする利権派あり、魂の救済を純粋に求める良心的な清貧派あり、の多様な宗教者集団であることを描いている。

                      

 そして、耶蘇会(ヤソ、イエズス)創立者は軍人でもあり、その趣旨は布教と教皇・帝国への忠節にあった。つまり、権力者への忠節と布教とは矛盾しないのだ。内部には、武力による日本・明を征服するために、長崎を軍事拠点にする計画さえあった。したがって、植民地支配・征服と布教の推進とは一体ともなるので、まさに異教徒をジェノサイドしてきたことは南米の殺戮の歴史をみれば歴然としている。

 同時に、戦国大名である高山右近は、戦闘行為の先鋒として積極的に殺し合いの現場を経験してきた。その意味では耶蘇会の方針と大きな違いはなかったのかもしれない。しかし、信長や秀吉の意向で殺される文化人や無辜の庶民をはじめとして、次は朝鮮侵略という海外派兵となると、さすがに右近の琴線がはじけるのだった。

    

 名誉の大名を選択するのか信仰の精神世界を選択するのか、秀吉から問われた右近は、すべてを捨て、死をも覚悟した信仰の世界を選ぶことになる。当然、海外追放となりマニラに行き着く。マニラでは手厚く歓迎されたものの、旅の疲れは右近の体を蝕んでいき、到着してから五十日足らずで他界する。「われらが生涯をかけてたずねゆく真の故郷は、まだ目にしたこともなき遠きかなたにあるのじゃ」と、魂の安住を求める右近の言葉に普遍が感じられる。

     

 信長も秀吉も実利で判断する。信仰も実利を背景とした思惑に包囲される。魂を豊かにするのか、実利を豊かにするのか、豊かになるとはどういうことなのか、平成2~3年にかけて毎日新聞に連載された本小説は、同時に戦後日本の迷走と転変を右近の葛藤を通して時代に対峙した作品であったような気がしてならない。

 「信長殿のなきあと、にわかに荒き波風がたちはじめた大海を乗りきるためには、おのれの向きをみずから定められる羅針盤を、こころのうちにしっかりと据えておかねばならぬ。弥介、おぬしに自分の羅針盤はあるか」と、右近が問う言葉のなかに、今日の時代や国民に対する作者の真摯な問いが内奥する。

               

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キンモクセイ・ロード

2020-10-08 22:26:03 | 植物

 秋になると、玄関先に通じる道に恒例のキンモクセイロードができる。というのは、玄関先にはキンモクセイの太い木がどっしりと鎮座していて、秋になると大量の花をその小さな径に降り続けるからだ。樹の先端を剪定しなかったので樹高がどんどん伸びてきている。樹皮がサイの足に似ているので、「木犀」の漢字をあてている。

              

 和宮様はキンモクセイの花が咲きだすと「キンモクセイが秋の到来を賛歌しているのがわからぬか」と、鈍感なオイラに開花を教えて下さる。いつも匂いから先に開花を告げるのだ。オイラの下ばかり向いて生きている生き方は、開花にさえ気づかない。樹の上を見ない生き方に、「上を向いて歩こう」「嗅覚を鍛えよう」というわけだ。

 キンモクセイは、江戸時代に中国から雄株が渡来したせいで、その挿し木が日本中に広まったが、したがって日本には雌株はみられない。ただし、その遺伝子は中国にはないらしいので、キンモクセイは日本で独自に産み出されたのではないかとも言われている。

    

 キンモクセイロードのオレンジの花を見て、これは食べられるかなと思って調べたら、シロップやジャムやお茶にできるという。現在は雨も降りだし、大半が落花してしまったが、来年は何とかその味と香りを確かめたいものだ。ちなみに、「三大香木」とはキンモクセイ・ジンチョウゲ・クチナシということだ。  

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食いしん坊のキアゲハ幼虫

2020-10-07 21:37:10 | 生き物

 玄関先にでっかい「シシウド」がいつのまにか生えている。その花を求めて蝶や昆虫たちが訪れているのでバッサリ切るのをストップしている。そんなとき、和宮様が「すごいことになっているぞよ」と叫ぶ声が聞こえた。

   

 

 そこで急いで現場に馳せ参じると、なんとそこのシシウドに「キアゲハ」の幼虫がうじゃうじゃいたのだった。一匹ならかわいいなと思うが、20匹近くもいたので、「マイリマシタ」とため息をつくしかない。

   

 しかも、葉も花もきれいに食べられている。背丈もあるほどに成長していたシシウドもこれは枯れるしかない運命にある。その大食漢ぶりは見事というしかない。今まで、キアゲハの幼虫のせいでニンジンやセロリやパセリをしっかり食べられてしまう被害がたびたびあったので、最近は防虫網をしたままでこれらの野菜を育ててきた。農業害虫に指定されているわけだ。

                 

 幼虫としては終齢幼虫なので、これから蛹になっていくはずだ。その前に鳥などに食べられてしまう危険は大いにある。いわゆるアゲハの「ナミアゲハ」は、ミカン科植物を食べるが、キアゲハはセリ科植物食べることでアゲハから新しく独立進化したようだ。アゲハは樹林の花を中心とした食性が特徴だが、キアゲハは平地の草原にある花を食性に選んだ。

 したがって、北方系のキアゲハは、温暖化や都市化の影響を受けて個体数が減っているらしい。身近だったキアゲハが都市部では出会うことが少なくなってきたということだ。その意味で、わが家のシシウドに群がるキアゲハは貴重だ、と和宮様にご注進に及んだ次第だった。

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天然マイタケをぺろりと

2020-10-06 22:14:11 | 食彩・山菜・きのこ

 今日の午前中、きのこの師匠から天然マイタケが宅急便で届いた。ダンボールを開けるとマイタケの匂いが立ち込める。師匠らが山梨の深山で命がけで確保してきたマイタケだった。

    

 今年の長雨がマイタケの生育を促進したのだろう。師匠らは朝4時に出発して現地に午前6時に到着。暗い道なき道を分け入っていく。オイラも数十年前一緒に歩いた山だった。マイタケがある場所は人が立ち入らないであろう崖の大木の根元にあることが多い。だから、滑落しないよう注意しながら採りに行く。とくに岩がごろごろしている場所は危険だ。オイラもそこで7~8mも滑落したこともあり、また仲間とはぐれてしまうことも何回かあった。

       

 さっそくお昼に一部を天ぷらでいただく。マイタケを必死で探すメンバーの緊迫感を想い出しながらも、集中してかぶりつく。食べながらその旨味にため息をつく。

                 

 グータラ農業に安閑としているので足腰も弱り果てているので深山を歩く自信もなくなっている。それをオイラと年齢が近いオジサンたちがあの幻の天然マイタケを確保するというのだから、おじさんラブというか、おじさんロマンとかいうものが感じられる。

   

 あっという間に、マイタケ天ぷらが皿から消えてしまった。これは白昼夢だったのだろうか。主人公がいない皿を見て我に返った瞬間だった。篭に入りきらなくなったほどのマイタケゲットにジェラシーを感じる昼食だった。ありがたい。貴重な白昼夢だった。次のマイタケ料理が楽しみだ。そんな舞い上がる気持ちを抑えた一日となった。師匠とメンバーのみなさん、ありがとう。無事の帰還、良かったね。   

    

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ついに「アカホシゴマダラ」来訪

2020-10-05 21:28:02 | 生き物

 朝、雨戸を開けると目の前に「アカホシゴマダラ」(タテハチョウ科)がやってきていた。今年の7月末に歩いて10分ほどの国道沿いの草むらで出会ったばかりの「アカホシゴマダラ」だ。同じ蝶なのだろうか。同じなら2カ月くらいかかってわが家に来たというわけだ。

 後翅が破れていた。肝心の赤い斑紋がよく見えない。というのは、本来は沖縄の固有種でもあるのだが、関東で発生したアカホシゴマダラは中国・香港系亜種で人為的に放蝶したものらしい。沖縄から来たものだとニュースになる代物だ。

     

 「アカホシゴマダラ」は、1998年に藤沢市で発見して以来、関東周辺で広まり今では東海・静岡にも出没するようになったという。2005年には「要注意外来生物」に指定され、2018年には静岡の「特定外来生物」に指定され、日本の固有種の蝶に影響する「害蝶」となった。それほどに、生命力のある蝶でもあったということだ。

 幼虫の食樹はエノキの葉だけど、まわりは杉林が多くなかなかエノキを確認出来ないので、急速な拡張はないだろうが、成虫の食樹はクヌギなどの樹液でもある。エノキは昆虫が集まる樹でもあるが、これが少ないと競合してしまったり、開発で姿が消えていくことになる。売れる木は育てるけど商品にならない木は伐採するという林業の在り方が気になる。

 さて、アカホシゴマダラをこれからどのように受け止めればいいのだろうか。植物だと駆除できるんだがねー。   

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垣根の曲がり角じゃないけど、焚き火だ 焚き火だ

2020-10-04 21:45:37 | 野外活動

  夏からの天候や害獣に翻弄されて、雑草の背がずいぶん高くなってしまい、今は毎日のように草刈りに追われている。そんな雑草には種もできているので畑で肥料として熟成するより燃やしたほうが良い、ということで、古い竹支柱と共に焚き火をすることにする。

           

 明け方に小雨が降ったようで、焚き火の延焼防止には絶好のコンディションだ。しかし、火がなかなか点かないのでいただいた材木の端材を投入する。また、個人情報のある紙類なども燃やしていく。そうした援軍のおかげでおき火ができていく。

   

 また、大量に採っておいた栗のイガも燃やしていき、ずいぶん熾火がしっかりしてきたところで春に収穫した「ジャガイモ」や早めに収穫した「飛騨カボチャ」を茹でていく。これは夕飯となる。

   

 暗くなる前に、イノシシが残してくれた生の落花生を七輪で炒ることにする。炭はもちろん焚き火から出た消し炭だ。しかし、火力が強すぎたせいでかなり焦がしてしまった。また、定番のトビウオの「クサヤ」も焼いていく。これも夕飯のおかずとなる。

         

 夕刻になると、ほぼすべてが灰燼(カイジン)に帰した。環境も気分もすっきりする。気になっていた重荷がすっかりなくなった気分だ。久しぶりの焚き火だった。朝から夕方まで、一日がかりの焚き火だった。その途中で、畑に積んであった残渣や古い支柱を運搬したり、片づけをする。この作業をやっておかないと次に進めない。畑ではやっと、ニンジン・赤大根の芽が出てきた。が、冬がすぐにやってくる。

 

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黙って道を掃く

2020-10-03 22:01:34 | 屋外作業

 隣の小径を2~3カ月に1回は草刈りしないと見通しが利かなくなる。ときには、「車が傷つくから草刈りして」とお叱りを受けたこともあった。だけど、いつもこの道の草刈りをしているのはオイラ一人なのだ、と憤りを抑えてまた草刈りをする。

                  

 今回はなかなか手が回らなくて土砂も多かった。雑草と土砂を掻い出してイノシシが荒らした穴にそれらを埋めていく。肥料にはなりそうだが雑草の種もそうとう混じってはいるが。はみ出した枝や背の高く太い雑草はスチールの草刈機で、背の低い雑草は泥もろともナイロンコードの草刈機で2~3回に分けて刈り込んでいく。

   

 けっきょく、断続的だが4日くらいかかってしまった。そんなとき、相田みつをの「道」の言葉に惹かれる。

「長い人生にはなあ  /  どんなに避けようとしても

どうしても通らなければ  / ならぬ道-

てものがあるんだな /  そんなときはその道を

黙って歩くことだな / 愚痴や弱音を吐かないでな

黙って歩くんだよ / ただ黙って-

涙なんか見せちゃダメだぜ!! / そしてなあ その時なんだよ

人間としての / いのちの根が

ふかくなるのは・・・・・」

    

 わが家を通り過ぎると、ホレこの通り、ここから先は空き家・耕作放棄地なので先に進むのには勇気がいる。ここにはなかなか手が出ないのが現実だ。秋だからススキが見事だが、それを鑑賞するほど心の余裕がないのが過疎地の現実だ。ススキを入手したい人はたっぷり収穫できるんだがね。わが家の畑にはこのススキを有機肥料としているが、イノシシがそれを掘り起こしてしまう。つまり、そこではミミズが増えていくのが彼はわかるんだ。

 GO TOなんとかで、豪華な温泉旅館に泊まるのもいいけども、荒地のススキを刈りながらそれをアートにしていく心を高めるほうがもっといいと思わないものだろうか。観光地が観光の全てではないってことをそろそろ覚醒しなければ、コロナ問題を卒業できないぜ。そんなことをブツブツ漏らしながら、黙って静寂な小径を掃いていくのだった。

 

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防虫剤で「いの用心」

2020-10-02 21:18:02 | 特産品・モノ

 このところ、「GO TO 栗EAT」に忙しいイノシシは畑にはあまり出没していない。近隣には栗林やわが家のような栗の樹のある周辺に日参しているようだ。イノシシのわな捕り名人によると、「栗が終わると畑に戻ってくるよ」と脅された。あわてて、畑を囲っている柵のネットに「防虫剤」をつけてみる。これが成功すれば安上がりで害獣除けができるのがいい。

                  

 防虫剤の使用は、知り合いの農家でタケノコ被害がひどかったので樟脳などの防虫剤を竹林の周りに設置したところイノシシが来なくなったという。それを聞いてまずは行動あるのみと、臭いのキツイ防虫剤をつけてみたというわけだ。向かいの家庭菜園をやっている方もそれをやってみたら今のところイノシシ被害はないという。学習能力の高いイノシシのことだからいずれ看破されるだろうが、まずはやってみることだね。

                

 いっぽう、畑の主要道路にはタヌキかイタチだろうか、縄張りの存在を示す糞が置かれてあった。そのそばには、冬瓜が食べられていた。また、柿の実もカラスが結構ついばんでいた。このところ、いろいろな害獣の被害が増えてきた気がしてならない。

 だから、専業農家はハウス栽培へと投資をしていく運命にあるんだな。それでも、電柵がなくてもイノシシがほとんど来ない近隣もあるのだから不思議でしょうがない。イノシシに情報を漏らして被害の分散を謀るという悪意も浮かんでしまった。寒さが強まる中「いの用心」だよ。 

 

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