寮管理人の呟き

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福山案内 / 鳥山一郎(大正版:一九八〇年九月一日復刻)

2011年11月25日 | 書籍
深安郡福山町が福山市となったのは大正5年(1916)年7月1日である。大正期の福山の様子を知る上でこの本は必須アイテムと言える。折り込みの案内地図を見れば現在の町名とは大きく異なっていることが一目瞭然だ。復刻されたハンドブックには多くのジャンルの店(病院を含む)が広告を出しており、戦前の市街地図を広げて所在を確認するのも面白い。

福山市の中枢部は昭和20年(1945)8月8日の空襲によって丸焼けとなり、多くの人命と文化財を失った。米軍は重要とみなした都市を計画的に爆撃して潰したのである。敗戦後は広島市や呉市と同じようにほとんどゼロからのスタートであった。

先人たちの情熱と努力によって新たな街が出来上がり、後に広島県第2の都市(現在の人口は約46万)へと発展する。岡山との県境に位置する城下町(備後10万石)が急速に飛躍したのは、日本鋼管(現JFE)を誘致したことが大きい。もう1つ忘れてはならないのが、暮らしやすい街ということである。のぞみが停車する福山まで近隣の市からわざわざ買い物(あるいは飲み)に来るのも頷けるのだ。

謙虚さを常に忘れず欠点を少しずつ克服してゆくのが備後人の良いところだと私は思う。戦前から伝わる古き良き文化を大切にしながら新たなものを生み出す中核市であって欲しいものだ。

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