澎湖島のニガウリ日誌

Nigauri Diary in Penghoo Islands 澎湖島のニガウリを育て、その成長過程を記録します。

新銀行東京の破綻をもたらしたもの

2008年03月12日 11時35分47秒 | Weblog

「新銀行東京」「首都大学東京」、似たようなネーミングではないか。これは、石原都政の目玉である二大事業だ。「東京新銀行」「東京首都大学」という名前にしなかったのは、「環状線」を「大江戸線」に変えさせた前歴を持つ、石原都知事の強力な意向によるものである。
 

都庁の幹部職員の中では、石原知事に絶対服従しない者は出世できないと言われている。石原にとっては、都職員など奴隷のようなもので、舎弟である浜渦(前副知事)を使って、恫喝すればいいと考えているのだ。
 

今回の「新銀行東京」破綻でよく分かるが、石原は絶対に自分の過ちを認めない。何か都合が悪いことが起これば、それはすべて他者の責任なのだ。まるで「殿様」と言いたいところだが、あまりに「品格」に欠けるので、やくざの親分だと言っておこう。


石原のこうした態度は、部下にまで蔓延している。現在の「新銀行東京」のトップは、前都港湾局長で「新銀行東京」の立ち上げにも関わっていた人物だ。その当人が記者会見で「私は正しいことをしたと思っている。責任はない」と平気で話していた。こういう人格障害のような人でなければ、石原の側近にはなれないことを図らずも証明していた。石原が重用している大塚某という副知事(?)も全く同じタイプの人物だ。
 

石原の「独裁政治」の体質は、都庁隅々まで行き渡り、弱い者いじめというべき状況が顕著である。本庁所管課の事業所たたきは特に顕著だ。本庁は事業所のあら探しをすることによって、自分のポイントを上げるというテクニックを熟知しているので、睨まれた事業所は悲惨だ。上から下まで、ミニ石原が跋扈するという状況なのだ。
 

今回の「新銀行東京」問題で、石原の化けの皮が派がされ、辞任にまで至れば、流れは大きく変わるのだが。それにしても、機械の部品のようなお役人さんの中で、気概のある人は本当に少なくなったものだ…。