「日本人になろうとした少年たち 台湾先住民“高砂族”の20世紀」を見る。「アジアの”一等国”」で散々の批判を浴びたNHKが、今度は台湾の原住民を取材し、彼らが辿った歴史を描くというのだから、注目を集めないはずはない。と思ったら、NHKはこの番組を土曜日の夕方、それもBSプレミアムでひっそりと放送したのだから、放送されたこと自体を知らなかった人も多いだろう。
実は、この番組には二つのタイトルが用意されているようだ。新聞の番組欄には「日本人になろうとした少年たち 台湾先住民“高砂族”の20世紀」と書かれているが、実際に番組を見ると「三つの名を生きた兵士たち 台湾先住民”高砂族”の20世紀」というタイトルになっている。
この番組を紹介したNHKのHPでも、この二つの番組タイトルが併存していて、ここにすでに番組制作者の無定見、無節操が浮き出ている。「日本人になろうとした少年たち」というタイトルは、それでは高砂族は日本人ではなかったのかという突っ込みに応えられないはずだ。
すでにこのブログで紹介したが、番組紹介の中で「中国共産党に入った」原住民がいると書かれていた(下記、番組HP参照)はずが、途中でその部分だけ書き換えられたという事実がある。ここからも、「皆様のNHK」の異常なほどの迷いのようなものが感じられる。
それではつまるところ、どういう番組だったのかというと、「アジアの”一等国”」で批判されたような恣意的なインタビューの選択を避けて、できるだけ”公平”に見えるように腐心したあとは窺える。
高砂義勇兵として皇軍に加わり、南洋で活躍した後、帰国した台湾は、中国国民党が支配する「中華民国」に変わっていた。二二八事件では、国民党軍の弾薬庫を襲い、23年間刑務所に収監された老人。国民党独裁下で小学校の教師になり、「日本精神」をこどもたちに教え続けた老人…。ここまでは、酒井充子監督の秀作「台湾人生」と重なる内容だった。
ところが、原住民の老人の中で、決して日本語を喋らない老人が二人でてきた。喋る言葉は華語(北京官話)で、身振り手振りは大層な中国人そのもの。このひとりは、日本敗戦後、国民党軍に志願して、大陸で共産党軍と戦ったが、捕虜になってしまう。国民党軍は兵士は殴られるばかりでひどい目にあったが、共産党軍(本人は解放軍と言っていたが)は親切で温かく扱ってくれたという。
国共内戦当時、中共の少数民族政策は、少数民族を尊重し、「中国革命」の隊列に加えていくという方針だった。そのため、台湾の原住民が、手厚く遇されたという話しもあながちウソとは言えない。だが、現在のチベット、ウイグル、モンゴル人に対する中共政府の「同化政策」を思い起こせば、当時の政策は嘘も方便だったことがよく分かる。
にもかかわらず、NHKは、この高(こう)という原住民が「中国が台湾を統一することを望んでいる」と話すのをわざわざ放送した。これだけでも、この番組のお里は知れたものだ。そう、現在の中国当局の意向を忖度して、わざわざ「中国はひとつ」「その正統な統治者は、中共=中国共産党」と言っているのだ。
NHKがこの番組が放送される以前から、視聴者の批評を気にしていた理由がよく分かった。こういう姑息で恣意的な番組を作ってしまったという後ろめたさを自覚しているのだろう。
番組の最後に、ある老人が「もう日本語は消えていく」とつぶやく。それは、日本語世代が台湾から消え去っていくと同義だ。日本統治時代、国民党政府独裁時代、そして民主化された台湾を経験した世代が消え去っていく。虎視眈々とそのときを待っているのが、中共(中国共産党)ではないのか。台湾に刻まれた「日本」の残映は、中共がお手の物とする「洗脳」(中華愛国教育)で払拭することができる、と考えているはずだ。NHKは、そのお手伝いを自ら買って出ている「売国放送局」なのか?
NHKの番組担当者に改めて問いたい。中共の代弁者のような原住民をどうやって選択したのか?当該人物は、原住民の中で普遍的な人なのか? 台湾は、大陸とは違って、完全な民主主義国家であるのだから、自由な取材が可能だったはず。本当にあの人物が、インタビューに値する人物だったのかどうか? きちんと回答してもらいたい。
結論として、NHKの堕落はここまで進んでいるのかと感じた。国営放送局が他国の「歴史認識」に追従する。こんなのは、この国でなければありえないと思った。愛国心のかけらもない、売国放送局。
《番組HPより》
日本人になろうとした少年たち 台湾先住民“高砂族”の20世紀
BSプレミアム 8月11日(土)午後4:30~5:59
かつて日本の統治下にあった台湾。その山間部に、当時“高砂族”と呼ばれた人々の村が点在する。戦時中日本軍は、こうした村々から志願を募り部隊を編成。最前線に送り込まれた高砂族の若者達は、山岳民としての高い身体能力を生かし、目を見張る活躍をする。しかし、日本の敗戦後、彼らを待っていたのは過酷な運命だった。新たに台湾を支配した国民党政権から弾圧を受ける者。故郷を捨て大陸で中国共産党に加わる者。国家と戦争に翻弄された台湾先住民の20世紀を、証言で浮かび上がらせる。
【語り】伊東敏恵