11世紀から13世紀にかけて、西欧のキリスト教徒は、イスラム教に占領されていた聖地エ ルサレムを奪還するため遠征軍を組織しました。これが十字軍です。参加していた人々が宗教的情熱、騎士道精神という大きな動機を持っていたのは当然のことです。
しかし、反面では遠征に参加することで借金を帳消しにし、略奪(りゃくだつ)、領土拡大などの現実的な目的も持っていたのです。
7回にわたって大規模な遠征軍が東方世界に向かって出発したものの、結果は聖地エルサレムを再び我が物にすることはできなかったのです。
さて、十字軍はその後の東方貿易などに大きな足がかりを残しましたが、風俗のうえでも、“貞操帯”という奇妙なものを後世に伝えています。これは、数年間も自宅を留守にする兵士が、妻の浮気防止用に使ったのですが、果たして本当に浮気封じに役立ったのでしょうか。
貞操体をつくった鍛冶屋(かじや)がいたのですから、それをはずす合鍵を作ることも簡単だったのです。それに、留守をあずかる夫人たちにとっては、もしかしたら帰ってこない夫のために貞操を守ることなどできない相談だったのです。
彼女らの行状(ぎょうじょう)を知っていた聖職者も見てみないふりをしていたといいます。十字架のために戦う戦士たちに、そんなことを告げるわけにはいかなかったのです。ある修道士は、古代ローマ時代の愛の指南書「アルス・アマトリア」を書き写し彼女らに協力したりしています。
貞操体を考え付かなければならないほど、当時の道徳は乱れていたのです。
もちろん。結婚するまで処女を守ることは、大切な掟とされていました。しかし、一方では敗れた処女膜を無傷に見せるため、粘膜を縮める薬も存在していたのです。当然ながら中絶薬もありました。
庶民の間では、「試験婚」という便利な習慣もありました。これは結婚前にお互いの体をよく知っておくために、一緒にベッドに入るという習慣でした。男性、女性とも、何人もの相手と試験婚をすることができたし、それは別に恥ずかしいことではなかったのです。
キリスト教の厳しい戒律の中にあっても、人々は自分の欲望を満たすために知恵を絞っていたのです。
したっけ。