Remembrance 2006/09/06-2020/06/08  2020/07/01-

   ある日のできごと、心の呟き、よしなしごとetc

山を登る男

2021年08月29日 | 懐かしくて

これも押し入れから出てきたもの。

 

裏を見ると、「山を登る男」とあります。

小学生の頃の作品でしょうか。

 

その頃のことを思い出していると、全てが懐かしいです。

みんなのおかげで私は楽しい時間を過ごせました。

本当にありがたい環境でした。

 

押し入れは思い出の宝庫です。


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2021年06月15日 | 懐かしくて

茶箱を開けると、帯が入っていました。

 

 

 

小学生の頃、秋の祭りの日に、着物を着せてもらって、この帯を締めてもらって、神社へお参りに行きました。

「特別な日」の気持ちになったあの頃が懐かしい!!

 

 

 

この帯は、中学生の夏に締めていたものでしょうか。

    

姉と一つずつ。

その日の気分で、2人でどちらも使っていたような気がします。

こんな帯が似合っていた頃が懐かしい!!

 

いつの間にやらはるか遠くのことになってしまいました。


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赤鉛筆

2021年05月29日 | 懐かしくて

こんな赤鉛筆が出てきました。

私が小学生だった頃、運動会の後にもらったような記憶があります。

50年以上前の鉛筆です。

 


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ラジオで「バイエル」を聴いて

2021年03月28日 | 懐かしくて

今朝のラジオ放送で、「バイエル」のピアノ演奏を聴きました。

小原孝のやすらぎクラシック [ラジオ第1] 2021年03月28日 午前8:05 ~ 午前8:25 (20分)

懐かしいなぁと思いました。

新鮮な気持ちでまた弾いてみたくなりました。

といっても、教本はずっと前に手放しています。

今更買うのも・・・。

 

 

「ピアノ🎹名曲フォーユー」バイエルメドレー 練習曲8番・60番・61番・78番・99番 ピアノ演奏&arrange:小原孝 #バイエル#ピアノ名曲フォーユー #やすらぎクラシック

 

 

私の家にオルガンがやってきたのは幼稚園児の頃でしょうか。

上田先生のおうちに通って習いました。

 

小学生の頃は、順番が来るまで、週刊「マーガレット」を読むのが楽しみでした。

 

上田先生のおうちは途中で建て替わりました。

最初は1階が教室、そのうちに2階が教室になりました。

それに伴って、アップライトのピアノが、グランドピアノに替わりました。

 

 

「バイエル」が終わり、次は「ツェルニー」とか「ブルグミュラー」とかを練習しました。

 

「バイエル」が終わった頃でしょうか。

「更に続けるなら、ピアノを買ってあげる」と、母に言われました。

 

姉は「ピアノはやめる」と言いました。

私も自分に才能がないことは幼いながらもわかっていましたし、「もういいかな」と思いました。

が、ピアノを家に迎えるのが母の夢だと理解していた私は、「続ける」と答るしかありませんでした。

母が子どもの頃、母親に「オルガンを買ってほしい」と言ったものの、「こんな田舎でオルガンなんて」と言われ、買ってもらえなかった思い出話を私は何度も聞いていましたから。

姉のあっさりした性格が羨ましく思いました。もし姉が続けていたら、私はさっさとやめていたと思います。

そして、実力も根気もないまま、私は中学卒業までダラダラと習い続けたのです。

 

でもそのおかげで弾きたい曲が弾けるわけで、今は両親に感謝しています。


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おひなさま

2021年02月17日 | 懐かしくて

       

これは、私が子どもだった頃、家で飾っていたおひなさまの写真です。

母と姉と一緒に、毎年飾っていたあの頃を懐かしく思い出します。

子どもの頃の方が、季節感豊かに、しっかりと生きていたなぁと、今、思います。

 

 

おばあちゃんのお膝の上で

    

 

 

木製の段々は今はもうないけれど、あと一度だけ平面で飾ってみようかなぁ。

何に関しても、懐かしさと共に思うのは「あと一度だけ!」です。

 

 


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私はお下がりが好きだった

2020年12月20日 | 懐かしくて

この冬は新型コロナウィルス感染が怖くて、2021年初詣には行かないかもしれません。

お正月に初詣に行かない年は、今までになかったように思います。

自分の事情に依り、また社会の状況に依り、何事も変わりうるということですね。

 

 

子どもの頃のアルバムの写真をomoidoriでスキャンしていると、いろんなことを懐かしく思い出します。

 

子どもの頃の私は、家族4人で毎年初詣に行っていました。

これは3歳の頃の初詣の写真。

     京都

私は、姉が着ている、このオーバーコートが好きでした。

 

これが5歳の頃の初詣の写真。

    奈良

姉が着ていたオーバーコートがお下がりとして私のものになり、大いに嬉しかったのを覚えています。

この姉の紺色のオーバーコートも数年後に私が着られる!と思って楽しみにしていたことを思い出します。

私が持っている丸いバッグは二人お揃いのものです。

黄色いのが私のバッグで、姉のは水色でした。

この日、姉は持って行かなかったようですね。

姉が手にしているのは三脚でしょう。

 

 

帽子もいつも二人お揃いです。

3歳の頃の帽子の記憶はありませんが、5歳の時の帽子は覚えています。

確か色違いで、私のが黒色で、姉のが紺色だったような。

 

子どもの頃に着ていたお洋服は、ほとんど母の手作りで、どれも二人お揃いでした。

色違いということもよくありました。

母が作ってくれる服は、どれも皆、私は大いに気に入っていました。

ワンピース、スカート、夏の簡単な服、母のコートをリメイクして作ってくれたジャンパースカートのことも思い出します。

母は、私の数倍器用な人です。

母が使っていたシンガーの足踏みミシン、今も実家にあります。

まだ動くと思います。

 

 

 

 


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押し入れの中の「ミッフィーちゃん」

2020年11月14日 | 懐かしくて

「ミッフィー」と書いてあります  

中にはミッフィーちゃんのパズル  

 


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押し入れの中に、箱が2個

2020年11月03日 | 懐かしくて

押し入れの中から更に出てきたのはこれ  

 

何が入っているのかなぁと思って箱を開けると  

 

    

 

セロテープで2個がくっついています。

これはきっとオセロの駒です。

 

キリンラガーの方が好みだったようで、キリンの赤が黒マジックで彩色されています。

丁寧に塗ってあるものも、ラフな塗り方のものもあります。

 

よくできています。

 


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押し入れの中の「将棋の駒」

2020年10月31日 | 懐かしくて

たくさんの木切れがありました  

 

 

これは私の字です  

 

並べてみました  

 

裏返してみました  

 

 

将棋の駒については、2016年03月12日 にも記事があります。

我が家には手作り駒が2セットもあるのですねぇ。

 

 

2016年ごろ、私は消しゴムはんこが趣味でした。たくさんのスタンプを作りました。

いつの間にやらその熱も冷めて…。

でも、文具屋さんや雑貨屋さんに行くと、今もハンココーナーに足が向きます。


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押し入れの中に「ヘビ」!!

2020年10月30日 | 懐かしくて

押し入れを掃除していたら、ヘビが出てきました。

20余年前に私が作ったヘビです。

 

いろんなサイズのかまぼこ板、16枚  

 

あの頃、私はトールペインティング教室に通っていたので、家に絵具があったのですね。

つないでみたら…  

こんなヘビでした。

あまりかわいくないけれど…。

 

 

 

 

 


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ジュニアライフ

2020年10月23日 | 懐かしくて

なぜだか急に、子どもの頃「ジュニアライフ」という雑誌を読んでいたことを思い出しました。

読み始めて、ほどなく廃刊になったような記憶があります。

今一度読んでみたいと思います。

 

国立国会図書館へ行けば読めるのかしら。

 

楽しみができました!!

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2014年03月08日の記事にも同じようなことを書いています。

あのころも、今も、何の脈絡もない時に急に思い出すのですよね。

 

何の脈絡もない時に急に思い出す……。

これが、私の想像する、今よりもっと何もすることがなくなった(できなくなった)時の、時間の楽しい使い方なんだと、今は思っています。

何もすることがなくなった(できなくなった)時に思い出せることがたくさんあるようにと思って、今を生きています。


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飾り

2020年09月05日 | 懐かしくて

子どもの頃、私は冬も夏もよく帽子をかぶっていました。

帽子を買うお店は、商店街の角を曲がった、あのお店でした。

道路から南向きに入る帽子屋さん。

今はそのお店はないと思います。

 

冬用の黒い帽子の飾りがこれ  

 

50有余年前のものということになります。

黒と赤がきれいなのです。安全ピンがついています。

私はいつまでこれを取っておくつもりなのでしょう。

 


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ランドセル

2020年09月04日 | 懐かしくて

昔のアルバムの中に貼ってあった写真です。

今から五十数年前です  

姉と一緒に、ランドセルを背負っているこの写真には溢れる「希望」が見えます。

 

姉のランドセルは赤色でした。

私は「ピンク色のランドセルがほしい」と言いました。

私が買ってもらったランドセルは、期待したほど鮮やかな色ではなく、落ち着いた色でしたが、ピンク色であることに大いに満足して、六年間大切に使いました。

 

今はカラフルなランドセルがたくさんありますが、五十数年前、ピンク色のランドセルを持っている子は少なかった(或いは、いなかった)と思います。

「人と同じでないといやだ」とは全く思わない子どもでした。

 

人のことがそれほど気にならない、比較することもない、嫉妬することもない、卑下することもない…、私は、子どものころから、そう変わっていないような…。

 

 

 

 


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氷菓子

2020年08月29日 | 懐かしくて

実家の台所を整理していたら、吊戸棚から出てきたのがこれ。

製氷器  

子どもの頃は、これにオレンジジュースを入れ、凍らせて、よく食べました。

 

 

冷凍庫のない時代でしたから、アイスクリームが食べたくなった時は、10円玉を握りしめて、近所のIさんの店へ買いに行きました。

棒アイスです。バニラ味かチョコ味か、その日の気分で選びました。

 

Iさんのお店と言えば、きつねうどんを思い出します。

子どもの頃、母が外出していて、姉と留守番している日、「出前をとってね」という指示があれば、「きつねうどん」が食べられました。

Iさんの店のきつねうどんのおだしは美味しかったなぁ。

 

 

隣のKA子ちゃんちへ遊びに行っていたら、Iさんの店の出前が届きました。

おうちに人が注文したのは、「すそば」。

「へぇ。そばのお汁に酢が入っているのかぁ」と驚いたのを昨日のことのように思い出します。

「酢」ではなく、「素」だと気が付いたのは、随分大きくなってからです。

 

 

私は子どもの頃、母の手作りのおやつを食べていました。

クッキー、バタークリームのケーキ、ドーナツ、シュークリーム。

朝食のロールパンも手作りでした。

母の作るものはどれもどれもおいしかった!!

 

私が、母と一緒によく作ったのはクッキーです。

型抜きをして、卵液を刷毛で塗って、チェリーやレーズンを載せて…。

今も子どものころのことを鮮やかに思い出します。

 

 

そういえば、私が小学生の頃、ご近所のSさんちのおばちゃんが、たこ焼き屋さんを始めました。

何十円か忘れましたが、小銭を握りしめて、3個とか5個とか買いに行ったなぁ。

焼きたてで、おいしかったなぁ。

Sさんちのようこちゃんやきょうこちゃんはどうしているだろう…。

 


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ブレスレット

2020年08月15日 | 懐かしくて

実家のタンスの抽斗を開けたら、こんなブレスレットが入っていました。

   

姉と私の分です。

私がまだ子供だった頃、父からの外国旅行のお土産だと思います。

 

ピンク色の方が私のだった。

 

色があまり褪せていないことに驚きました。

 


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