ずっと、カセットテープがダメになる前にパソコンへコピーしておこうと思っていたのですが、寒くて、何もする気になれない日、ついに着手しました。
ブログ内検索をすると、2008-02-13の記事に「いつかしなければ…」という気持ちを書いていました。
2008-02-13の記事
ラジカセで音楽を聴かなくなって随分長くなります。私のラジカセは、ラジオは聴けますが、最後まで行ってもテープは自動で停止状態にならないのでテープが傷みそうですし、夫のラジカセは全くテープが動きません。
息子に貸してもった小さなラジカセ(モノラル)でテープの巻き戻しや確認をして、母に貸してもらった大きなラジカセとICレコーダーを接続して、音声を録音しました。
この作業のために数ヶ月前に買い求めたSONYのポータブルラジオレコーダー(ICZ-R50)がやっと日の目を見ました。
(朝食やお出掛け準備の時に聴くラジオとしては既に利用しているのですが。)
この接続には、ヘッドフォンの延長コードとして使っている「RK-G136」のオーディオコードが役に立ちました。
ICレコーダーとスピーカーを接続して、音声を聴きながら、雑誌を見たり、書き物をしたりしていたら、一日があっという間に過ぎました。
こんな日常が確かにあったわぁと、懐かしくて、可笑しくて。
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小学生の息子とご近所の小さな男の子との会話がおおいに笑わせてくれました。
息子「うちの父は、母で(「母を選んで」という意味)失敗したんや。」
ご近所の男の子「でも、子どもは成功や。」
そう、息子はいい子です。
この男の子は息子のことが気に入ってくれていましたので…。
もう一度子育てをするとしても、きっとこんな調子でやってしまうんだろうなぁとか、反省よりも懐かしさばかりがわき上がってきて、とても和みました。
最も古いテープは、小学生だった私のピアノ演奏、母のピアノ演奏、木琴との合奏、笛の演奏、ハーモニカの演奏。
恥ずかしいけれど、本当に懐かしいものでした。
これは、父がSONYのオープンリールのテープレコーダーで録音してくれていたものを、中学生になった私がカセットテープに録音し直したものです。
録音していた部屋やあのテープレコーダーやカセットレコーダーの形などは今でも思い出せます。
オープンリールのテープレコーダーを手放したのはいつのことかわからないのですが、取り敢えずカセットテープに入れておいてよかった!!
息子のボーイソプラノ、今は2児の母になっている姪の小学生の頃の幼い声、ひ孫を抱くおばあちゃんの懐かしい声、私が中学生だった時、ギタークラブで演奏した数曲(これは演奏会場で母がカセットテープに録音してくれました)、息子と友達が楽しくゲーム(大富豪やモノポリー)をしている声々、「なんで負けるんやろ?」とUNOの敗因を幼い孫に聞く父の声。
こういうテープを聴いていると、何でもない日常というものが宝物であるということがよくわかります。
夕食を食べているときに遊びにやって来たご近所の子どもさんがくつろいでいた様子も思い出します。
あのころは人の出入りもいっぱいあって、何だか賑やかで楽しい日々でした。
電話もよくかかってきていたようです。(最近は電話は滅多にかかってきません。)
息子は、幼稚園の年長さんの頃が一番よく喋ってくれています。
テープを聴いている限り、結構会話のある家族だったようで、そう悪い家庭環境ではなかったように思います。
年中さんの頃のテープを聴いていると、強く慕われているのがわかります。
もっともっと受け入れてやるべきだったと、今になって思います。
年中さんの9月頃、私は「はは」と呼ばれていました。
その半年後、私は「○○○さん」と名前で呼ばれていました。
どうして「○○○さん」と呼ばれるようになったのか、覚えていません。
小学生の頃からは「○○ちん」と呼ばれています。
結局私は、「おかあさん」とか「おかん」とか一度も呼ばれずに今日まで過ごしてきたことになります。
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この作業にはまだまだ日がかかりそうです。
それが終わったら、ICレコーダーにコピーしたものをパソコンに取り込んで、カットしたり、つないだりしなくてはなりませんが、この作業もまた楽しみです。