兜の頂きにある穴を「天神座(てんじんざ)」と云ふ──
鎧兜を飾るとき、その穴に御幣を立てることもある神聖な部分である──
だから持ち運ぶ時、間違ってもその穴に指を掛けてはならない──
かつて私は大先輩から、さう親切に指導して頂ひた。
當時大阪に移り住んでゐた私は、東京へ戻ってもっと勉強しなくてはならないことを、この時に深く悟った。
だからこそ、「天神座」のことは鮮烈に印象付けられた。
その大先輩は、先月二十四日に天壽を全うされてゐたことを、今日の訃報で知る。
わが現代手猿樂に、實際に鎧兜を身に着ける作品はない。
が、さういふ設定の作品はある。
演者である私の心のなかには、しかと「天神座」がある。
せっかくあの時に分けて頂ひた本物の知識。
活かしてこそ、
御恩返し。
合掌