(国会議員就任の宣誓式で16日、新型コロナウイルスへの対策で空席だらけとなった国会で式典に臨むネタニヤフ首相(右)とガンツ元参謀総長(手前)【3月21日 朝日】
【ハンガリー・オルバン政権の「行き過ぎた施策」に欧州懸念】
新型コロナの感染拡大は各国政府にとって大きな負担となっていますが、この機に乗じて支配権限を強化しようとすようにも見える動きも見られます。
****コロナ非常事態宣言の無期限延長可能に、ハンガリーに欧州各国が懸念****
ハンガリーが新型コロナウイルス対策の非常事態法で、首相の権限拡大や非常事態宣言の無期限延長を可能としたことに対し、欧州各国で懸念が広がっている。
民族主義のビクトル・オルバン首相率いる与党が権勢を振るうハンガリーの議会は先月31日、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて非常事態法を可決。政府が新型ウイルス危機が収束したと判断するまで、無期限で非常事態の延長を可能にすることを含めた幅広い権限をオルバン氏に与えた。
こにれ対し欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン欧州委員長は2日、「特別な」懸念を抱いていると表明。同氏は、新型ウイルスの世界的な大流行(パンデミック)に対処するために、欧州連合加盟国は異例の施策を講じる必要があると認めつつも、「行き過ぎた施策があることに懸念を抱いている…特にハンガリーの状況を懸念している」と述べた。
今回可決された新法では、非常事態の延長に必要とされていた議会の承認が不要になる。また非常事態宣言の期間中は選挙を実施できない。さらに新型ウイルスや対策についての「虚偽」情報の流布には最高5年の禁錮刑が新たに導入され、「虚偽」の記事を発表したジャーナリストにも適用される可能性がある。
与党フィデス・ハンガリー市民連盟が3分の2を占める議会は、法案を賛成137、反対53で可決。非常事態法は31日の午前0時に施行された。
ハンガリー政府のゾルタン・コバーチ報道官は、「われわれは批判されているだけではなく、政治的な魔女狩りと組織的な中傷キャンペーンの対象にされている」と述べ、同法への批判を一蹴した。
一方、人権団体や報道機関、そして一部のEU加盟国はこのハンガリーの非常事態法について、過去10年にわたり同国を牛耳ってきたオルバン氏の権力掌握手段ではないかと懸念を示している。
1日には、EU加盟国のうちフランス、ドイツといった大国を含む13か国が「一部の非常事態措置の導入によって、法の支配や民主主義、基本的人権などの原則が侵される危険性について深刻な懸念を抱いている」とする共同声明を発表した。だが、ハンガリーを名指しはしなかった。
また2日には、欧州議会の中道右派政党、欧州人民党 に連なる各国内政党13党が、オルバン氏が党首を務めるフィデス・ハンガリー市民連盟を除名するようEPPに求めた。
また同じ13党は、欧州委員会に「ハンガリーの状況に強く対処するよう」求めた。この要求に署名した各国内政党の党首の中には、ギリシャとノルウェーの首相も含まれていた。 【4月3日 AFP】
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今回の措置が懸念されるのは、ハンガリー・オルバン首相の統治が強権支配で民族主義を重視する「非自由民主主義」を主張するという特異な性格を有しているからです。具体的にはロシアや中国的なモデルを念頭に置いているとも指摘されています。
非常事態法は、感染対策に必要なら根拠法がなくても特別措置を講じられる権限を政府に与え、国民が隔離政策に従わない場合、禁錮3年以下の刑を科したり、フェイク(偽)ニュースなど感染対策を妨げる情報を流した場合は禁錮5年以下の刑を科したりすることも規定しています。
しかし、オルバン首相は、自身に近い人物によるメディアの買収や、政権に好意的なメディアへの優遇などを通し言論への圧力を強めてきた経緯があり、非常事態法の下、メディアなどへの取り締まりが強まるとの懸念が国内の人権団体などから出ています。【4月2日 朝日より】
しかも、その期限は無期限で、政府が新型ウイルス危機が収束したと判断するまで。
ハンガリー・オルバン政権は、また一歩、異質な政治の方向に進んだようです。
【イスラエル・ネタニヤフ政権 「コロナ対策を口実に緊急命令を望むがままに出している。これは独裁と呼ばれるものだ」】
新型コロナの危機に乗じて・・・とは言わないまでも、危機が政権にとって“都合のいい”ものにもなっているのがイスラエル。
****何でもありかコロナ対策 市民を監視、都合悪い裁判は…****
新型コロナウイルス対策の名の下に、イスラエル政府が強硬な政治手法を使っていると批判が上がっている。
市民の携帯電話情報の監視、首相の汚職裁判の延期――。緊急事態ならば、政府にはどこまで異例の対応が許されるのか。
「緊急時命令」
そう題された公文書の存在が17日、地元紙で報じられた。文書にはこうある。「裁判所の命令なしに位置情報を受け取ることを認める」
イスラエル政府は17日、感染防止のために、治安機関が市民の携帯電話の位置情報にアクセスすることを特別に承認した。位置情報から、感染者が過去14日間に接触した人物を特定し、自宅隔離を求めることが目的だという。最も基本的なプライバシーの一つである、個人の行動履歴に関する重大な判断は賛否を呼んだ。
さらに問題視されたのは「国会無視」で措置を承認した手続きだった。本来は国会の小委員会で承認を得るはずだったが、野党の慎重論から16日に結論が出ず。これを受け、政府は国会を通さずに実行することを決断したのだ。17日午前1時半という決定時刻が、その異例さを物語る。
17日夜、ネタニヤフ首相は会見で「本日、新型コロナウイルスへの感染者と接触した人を特定するため、デジタル技術の使用を開始した」と宣言した。
イスラエルでは以前から、治安機関が携帯電話会社から市民の通信情報を入手してきたとされる。目的は「テロ対策」などに厳しく限定されてきた。今回の措置はその一線を越えた。イスラエル社会のなかには感染防止への効果を期待する雰囲気はある。だが、問題視する専門家は少なくない。
治安機関「シンベト」のアミ・アヤロン元長官は「我々はテロ防止以外の目的には情報を一切使ったことはなかった。それを国会の承認なしに拡大したのは問題だ」と話す。
アヤロン氏は、プライバシーに関わる決定をする場合には「政府への人々の信頼度が重要だ」と言う。「ネタニヤフ氏は汚職疑惑で起訴され、総選挙でも国民の半数の支持を得られていない。せめて野党も加えて決断を下すべきだった」
また、元検事総長のマイケル・ベン・ヤイール氏はフェイスブックにこう投稿した。「『命を救う』というのは、個人情報を侵害することを正当化する魔法の言葉にはならない」
首相の汚職裁判も延期に
イスラエルでは3月に入り、新型コロナウイルスへの感染者数が急増。ネタニヤフ氏は連日会見を実施し「これは戦争だ」と見えない脅威との闘いを強調。20日からは、食料の買い物など必要な場合を除く「外出禁止令」に踏み切った。
そんな中、ネタニヤフ氏は自らの汚職疑惑をめぐり、17日に初公判を迎える予定だった。だが2日前の15日未明、アミール・オハナ法相が感染対策として、緊急時を除く裁判手続きの停止を発表した。注目の初公判は5月に延期となった。
ネタニヤフ氏の苦境を避けるために感染対策を利用したのではないか――。裁判の延期は疑念を呼んだ。まさに政局は、選挙後に政権を争う重要な時期。オハナ法相はネタニヤフ氏に近い与党の議員だった。
イスラエルでは2日に総選挙があり、野党のガンツ元参謀総長が過半数の支持を得て組閣を試みている。ネタニヤフ政権はいわば「暫定内閣」の状況だ。国会も機能していない中での決定には「民主主義の手続きに反する」と批判が出た。
国会は16日に開会したものの、「10人以上の集まりを禁じる」という感染防止対策などを理由に、議会や各委員会は開かれていない。
次期首相の座を狙うガンツ氏は「緊急時だからこそ、国会を動かすべきだ。行政権だけが機能している現状は民主主義に反する危険な状態だ」と与党の振る舞いを痛烈に批判する。
「サピエンス全史」の著者として知られるイスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏は19日、ツイッターにこう投稿して話題を呼んだ。「ネタニヤフ氏は選挙で敗れた。そして、コロナ対策を口実に緊急命令を望むがままに出している。これは独裁と呼ばれるものだ」【3月21日 朝日】
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【コロナのおかげで政権続投も】
新型コロナ危機のおかげで、“与党の振る舞いを痛烈に批判する” 次期首相の座を狙うガンツ氏とも「合意」が成立し、政権続投への道も開けたようです。
****イスラエル・ネタニヤフ首相続投へ 新型コロナで反対勢力転換「緊急的統一内閣を」****
(3月)2日のイスラエル総選挙を受けて組閣を担当している中道政党連合「青と白」の共同代表、ガンツ元軍参謀総長は26日、これまでの「反ネタニヤフ首相」の方針を転換し、ネタニヤフ政権に合流する意向を示した。
この日の国会で、新型コロナウイルスへの対応のため「緊急的統一政府」を目指す必要があると強調した。ネタニヤフ氏の支持勢力が国会の過半数を確保する見込みとなり、首相続投の公算が大きくなった。
イスラエルメディアによると、今後はネタニヤフ氏とガンツ氏が交代で首相を務めるという。ガンツ氏のグループに有力ポストを割り振る形で連立協議が進むとみられる。
ガンツ氏は26日のイスラエル国会で、ネタニヤフ氏率いる右派「リクード」を中心とする右派・宗教勢力の支持を得て賛成多数で議長に選出された。ガンツ氏は、ネタニヤフ氏側への歩み寄りについて、「今は正常時ではなく、特別な判断を強いられた」と説明した。
ガンツ氏は総選挙後、定数120の過半数に当たる61人の野党議員から推薦を得て、リブリン大統領から組閣指示を受けていた。
「青と白」は収賄罪などで起訴されたネタニヤフ氏の退陣を求めていたが、ガンツ氏の方針転換を受けて分裂する見込みだ。ガンツ氏と共に共同代表を務めるラピド氏は「戦わずして降伏し、ネタニヤフ政権に潜り込んだ」と、ガンツ氏を非難した。【3月27日 毎日】
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ネタニヤフ首相にとっては、自身の裁判は延期になるは、政権続投は確保できるは、新型コロナは非常に好都合なものともなっています。
【ユダヤ教超正統派住民が感染源に 政治的影響は?】
そんなイスラエルで、興味深いニュースが。
****ユダヤ教「超正統派」居住区で感染拡大 集団礼拝やめず 大家族で“密集”し生活****
イスラエルのユダヤ教超正統派住民の居住区で、新型コロナウイルスの感染が深刻化している。礼拝を優先し、政府が呼びかける「不要不急の外出禁止」などの情報を信じない人が多いことなどが背景にある。
今後、大規模な集団感染を引き起こす可能性もあり、イスラエルのメディアは、超正統派にとって第二次大戦中のナチス・ドイツによる「ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)以降、最大の脅威」と警鐘を鳴らしている。
超正統派が集住する地域で深刻なのが、イスラエルの中心商業都市テルアビブに近い人口約20万人のブネイブラクだ。4月2日までに、人口約90万人の最大都市エルサレムとほぼ同じ900人以上が感染した。
イスラエルは建国時、国家統合のためユダヤ教の伝統を公的に守ることを約束し、超正統派に特別な地位を与えた。多くの男性が就労せずに宗教研究に没頭することを支援し、政府の補助金で生活する人も多い。
出生率は6・0前後と高く、子だくさんの家族が2世代、3世代とアパートに「密集」して暮らすケースもあり、こうした生活環境も感染拡大の要因の一つとみられる。
テレビやインターネットと距離を置き、政府や報道機関の情報よりも聖職者の言葉を信じる傾向もあり、政府がシナゴーグ(ユダヤ教会堂)での礼拝規制に踏み切った後も、超正統派居住区では礼拝が続けられていたという。
現地メディアによると、感染症の専門家は2日に国会で証言し、「ブネイブラクの潜在的感染者は、人口の約40%に上っている可能性がある」と指摘した。事実なら、現在判明している感染者の80倍以上に当たる。
当局は住民の検査拡大に努める。だが8〜15日のユダヤ教の祝祭「過ぎ越し祭」を前に、家族から隔離されることを恐れて検査を受けたがらない住民もいるという。(中略)
政府はブネイブラクを事実上封鎖し、特別な許可がない限り出入りを許していない。イスラエルは3月中旬にいち早く全世界からの渡航を原則禁止する措置を取るなど、厳しい防疫態勢を敷いている。4月4日現在、感染者は7500人以上、死者は41人に上る。【4月4日 毎日】
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宗教活動が「三密」状態をつくることで感染を拡大させることは、韓国やイスラム世界でも問題になりました。
イスラム国家におけるイスラム教への対応同様、イスラエルにとって国家の柱でもあるユダヤ教への対応は微妙なものがあります。
これまでも、イスラエル政治においてユダヤ教超正統派は微妙な問題を惹起する存在でした。
何度総選挙をやっても政権がスタートできないという状況も、保守派におけるユダヤ教超正統派への評価が分かれているせいでもあります。
****「超正統派」優遇 高まる不満 イスラエル、異例の再選挙へ****
今年四月の総選挙で勝利したイスラエルのネタニヤフ首相が組閣のための連立交渉に失敗し、異例の再選挙に持ち込まれた。
要因の一つは、ユダヤ教超正統派の兵役免除を巡る右派陣営の意見対立だ。
原則、国民皆兵制のイスラエルだが、超正統派の人口が増え、兵役を免れているなどの実質的な優遇措置が「負担の公平性」の観点から国民の不満を招いている。ユダヤ教国家と民主国家。二つの側面を持つイスラエルが抱える根源的な問題でもある。
■ユダヤ教の伝統
もみあげを長く伸ばし、黒い帽子とコートを着た男性たち。エルサレムでよく見かける彼らは「ハレディム(神を畏れる人)」とも呼ばれる超正統派だ。
ユダヤ教徒の中でも、戒律を厳格に守り、教義の研究に日常をささげる。信仰の妨げになるため、多くが就労や納税をせず、インターネットを使うのも少数派だ。生活は補助金で賄われる。
イスラエルでは十八歳以上の男性は三年間の兵役に就く義務を負うが、超正統派が通う宗教学校生は免除される。第二次大戦でホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を経て建国された一九四八年、ユダヤ教の伝統的精神を守る目的で導入された。聖書を学ぶ時間を奪われる兵役に反対し、「聖書を究めることで、神がユダヤを守っている」と信じる。
当初は免除対象者が四百人にすぎない少数派だったが、超正統派は出生率が高く、一人の女性が出産する子どもは世俗派の二・四人に対して六・九人。九一年には人口の5・2%だったのが、二〇一七年には12%を占めるまでに。六五年には三分の一に達するとの推計もあり、国家財政の負担も増している。
■生活様式
こうした超正統派に対し、世俗派には不満が募る。政治評論家ハビブ・ゴール氏は「私にも信仰心はある。だが、子どもが(パレスチナ自治区ガザのイスラム主義組織)ハマスとの戦闘の最前線にいる時、超正統派は家で聖書を読んでいると想像すれば、誰もが不公平を感じる」と漏らす。
一方、イスラエル中部に住む経営コンサルタントのヨセフ・クリチェリさん(50)は「古代ユダヤの考え方、生活様式は急に変えられない。兵役を強制するのは良くない」と理解を示す。信仰心が薄い世俗派が過度に増えれば、「ユダヤ人の国というアイデンティティーが失われる」と考える。
実際には、超正統派の中にも兵役に就く人たちが一定数いる。ただ、食べ物の戒律や男女別の徹底などの教えが軍の規律と合わず、「軍は頭痛の種になるから必要としていない」(ゴール氏)という面もある。
■政治的思惑
超正統派は人口増に伴って政治的な影響力も伸長。一四年に兵役を課す法律がいったんは可決されたが、超正統派の二政党がネタニヤフ連立政権に加わって骨抜きにされた。
一七年には最高裁が兵役免除を違憲と判断、一年以内に是正するよう言い渡したが、先送りされてきた。政治コラムニスト、アキバ・エルダール氏は「今や政界のキングメーカーになった」とみる。
四月の総選挙(定数一二〇)でも、二政党は計十六議席を獲得。連立交渉でリーベルマン前国防相の極右政党「わが家イスラエル」(五議席)が主張した免除廃止の法制化に反対した。
リーベルマン氏は「宗教の教えで運営される政権には参加しない」と表明。計六十五議席の右派陣営で組閣を目指したネタニヤフ氏だったが、極右政党の不参加で、過半数を得られなかった。(中略)
イスラエルの選挙は歴史的に、パレスチナ問題を争点に右派と左派が争う構図だったが、最近は国民の右傾化が著しくなっている。超正統派を巡る論争は、九月に予定される再選挙で主要な争点になるかもしれない。【2019年6月24日 東京】
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これまで、ユダヤ教宗教保守はネタニヤフ政権を支える存在でした。
今回のユダヤ教超正統派住民による新型コロナ感染拡大で、ネタニヤフ首相の対応に変化がみられるのか?
ガンツ氏との連立が合意されたら、政権維持のためにユダヤ教宗教保守に過度の配慮をする必要も消えそうですが・・・。(ガンツ氏の「青と白」は分裂するとのことで、どれほどが政権支持にまわるのかは知りませんが)
ユダヤ教超正統派への配慮を必要としなくなる・・・ということであれば、ネタニヤフ首相にとっては、これも新型コロナがもたらした「好都合」のひとつかも。