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(ベトナム国内の反中デモ 【5月14日 ブルームバーグ】http://www.bloomberg.co.jp/news/123-N5JU376JIJVP01.html)
【ベトナム国内の反中デモが暴徒化】
中国が西沙(英語名・パラセル)諸島で石油採掘に着手したことに端を発し、海上での中国・ベトナム双方の艦船のにらみ合い・衝突で緊張が高まっていましたが、ベトナム国内の反中デモが一部暴徒化する形で、事態は更に深刻化しています。
****反中抗議で600人拘束=工場操業停止、日本人学校は休校―ベトナム南部****
中国による南シナ海での石油掘削への抗議デモが激化しているベトナムで、警察当局は14日、南部ホーチミン市、ビンズオン、ドンナイ両省で、中国系工場に対する略奪や放火を行った暴徒約600人を拘束した。
ベトナム国営メディアが伝えた。ビンズオン省では日系を含むほぼ全ての工場が操業を停止。ホーチミン日本人学校は、児童・生徒の安全のため、14日午後と15日を休校にした。
現地からの報道によると、数百人ずつのグループが各地の中国系工場に対し起こした計数千人規模のデモは、13日から激化。パソコンなどの略奪行為や、少なくとも15件の放火が報告された。
ホーチミン日本商工会が14日開いた定例理事会では、日系企業でも窓ガラスを割られたり、エアコンの室外機を壊されたりする被害が約10件確認された。
ハノイの日本大使館は14日、ベトナム当局に在留邦人と日系企業の安全確保を求める一方、日本人にデモに近づかないよう呼び掛けた。【5月15日 時事】
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デモが基本的には規制されているベトナムあっては異常な事態です。
“ベトナム各地で起きた中国に抗議する一連のデモで、暴徒化した参加者が工場を放火するなどして、現地で働く中国人合わせて2人が死亡しました。”【5月15日 NHK】と、中国人に死者も出ています。
なお、“ロイター通信は15日、中部ハティン省で14日夜にデモ隊が暴徒化し、ベトナム人5人と中国人とみられる16人の計21人が死亡したと伝えた。”【5月15日 毎日】との報道もあります。事実なら大変なことです。
病院関係者の話ということですが、“ただ、地元メディアは死者1人と伝えている”【5月15日 ロイター】とも。
ベトナム当局は、暴力行為は問題を複雑化させるだけだと、市民に自制を促しています。
当然ながら、中国は抗議しています。
****「ベトナムが黙認」と批判=デモ暴徒化、賠償も要求―中国****
中国外務省の華春瑩・副報道局長は15日の記者会見で、ベトナムでの反中デモの暴徒化について「ベトナム当局が反中勢力や不法分子を甘やかし、黙認したことと直接的な関係がある」と述べ、ベトナム側がデモにきちんとした対応を取らなかったと批判した。その上でベトナム政府に対し、暴徒らの取り調べを徹底し、損失を補償するよう求めた。【5月15日 時事】
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【関係改善を一変させた中国側の挑発行為 なぜ?】
南シナ海における中国の無神経な強硬姿勢の結果・・・・と言えってしまえばそれまでですが、一連の混乱は最近の中国・ベトナムの関係改善を示していた動きからすれば、まさに事態が急変した感があります。
****中国とベトナムの衝突、観測筋が首ひねるタイミング****
昨年10月、李克強氏が中国首相として初めてベトナムを訪問した時、この訪問は、南シナ海を巡って緊張が高まる中で近隣の東南アジア諸国との関係改善を図る中国政府の大きな取り組みの一環と見なされた。
李首相は当時ハノイで、中国とベトナムは共同海洋開発について協議するグループを創設すると述べた。
南シナ海に関する中国政府の研究機関「中国南海研究院」の呉士存院長は、両国は「南シナ海の危機を共同で管理することで合意に達し、海上摩擦を和らげるようになる」と述べた。
中国側の「挑発」で関係改善の流れが一転、南シナ海でにらみ合いに
だが、それから6カ月経った今、中国政府がパラセル(西沙)諸島近くの係争海域に油田掘削装置を設置したことから、両国関係は再び暗礁に乗り上げた。
米国は中国側の行動を「挑発的」と評している。ベトナムは声高に抗議し、問題の海域に数十隻の艦船を派遣。現地で中国艦船と衝突した。
中国は多くの近隣諸国と領有権争いを繰り広げているが、専門家らは、最近の対ベトナム関係の改善を台無しにするような中国側の行為を理解するのに苦しんでいる。
オーストラリア国防大学のベトナム専門家、カール・セイヤー氏は、掘削装置の設置は「完全に予想外だった」と語る。(中略)
過去1年間で、中国と日本、そして中国とフィリピンの緊張関係が高まったが、ベトナムは中国政府を怒らせるような行動はほとんど取ってこなかった。
「ベトナムがやったことで、今回の中国の行動を引き起こすようなことは何も思いつかない」とセイヤー氏は言う。「これは改善傾向にあった関係を後退させる行為だ」
米国の強硬姿勢に反発? ベトナムの反応を読み違えた?
(中略)彼らによると、米国のバラク・オバマ大統領は最近アジアを歴訪した際、中国との領有権問題を抱える国々への支援を申し出たが、最も力強い言葉と行動は、ベトナムではなく日本とフィリピンへの支援に向けられていた。
(中略)マサチューセッツ工科大学(MIT)の中国専門家、テイラー・フラベル氏は、中国とベトナムが最近、海上問題に関するワーキンググループの会合を開いたことを考えると、掘削装置設置はとりわけ不思議だと述べている。
(中略)「もしかしたら中国側は誤って、パラセル諸島の近くでの油田掘削は激しい反応を引き出さない、ベトナムは中国との関係改善を危険にさらしたくはないだろう、と考えたのかもしれない」(後略)【5月13日付 英フィナンシャル・タイムズ紙】
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相手の出方を読み間違える。
国内で民族感情が刺激され、政府は後に引けなくなり、対立は更にエスカレートする。
暴徒化など不測の事態が起き、危機が拡大する。
こうしたことは、多くの紛争・戦争で見られることです。
【微妙な軍部との関係 新たな権力闘争】
東シナ海上空での防空識別圏(AIDZ)設定のときも、なぜ中国がこんな措置を?政権内部で意思統一されているのか?と訝る声がありましたが、中国の政権内部の意思決定は外からはうかがい知れぬものがあります。
国内で「弱腰外交」の批判を浴びている・・・と言えば、シリアやイラン対応でのアメリカ・オバマ政権のことかと思いますが、中国の習近平指導部も軍部からは対米「弱腰外交」の批判を受けているそうです。
****軍強硬派と 習近平の「不穏」な政局****
対米「弱腰外交」で深まる確執
中国軍の太平洋進出に譲歩の姿勢を見せてきた米国のオバマ大統領が反転に出始めたようだ。ついに「台湾関係法」という伝家の宝刀の柄に手をかけたのだ。
東シナ海に防空識別圏を設定し、西太平洋から米第七艦隊を追い出すという「中国の夢」に酔っていた中国軍首脳は、オバマの変心に激怒した。
だが、中国軍の怒りはオバマだけでなく、その交渉相手である習近平国家主席にも向かっている。軍の統制に不安四月、中国では異様な動きが続いた。習近平が党中央軍事委員会主席の立場で、大軍区司令官クラスの将軍十八人に「忠誠表明」を書かせ、それを軍の機関紙「解放軍報」に公開した。
半月後、同じく副司令官クラスの将軍十七人にも同じく忠誠表明を求めた。最高司令官が直属の司令官たちから反乱しませんという誓約書を集めたのだ。軍の統制に不安がある何よりの証拠だ。
さらに習近平は昨年末に新設した治安維持組織「党中央国家安全委員会」の初会合を四月十五日に開き、「中国は最も複雑な歴史の時代にいる」と演説した。国内の治安状況に強い危機感があるのだ。
そうした中、問題は米中関係である。オバマ・習近平の米中首脳会談は三月下旬、オランダのハーグで開かれた。
オバマは習近平と会う前に、日本の安倍晋三首相と韓国の朴槿恵大統領の間に立って、アジア版米ミサイル防衛(MD)網の協力体制を固めた。
一方、習近平は反日協力を朴槿恵にささやいて、韓国を日米韓の輪から離間させようと試みてきたが、それが頓挫した格好だけに、オバマとの会談では「衝突せず、対抗せず」と主張し、「危機のコントロール」を申し出るしかなかった。
危機のコントロールが議題に浮上したのは、米中関係は軍事衝突が起こりうる危機的なレベルに達したからにほかならない。しかもコントロールのメカニズムはこれからの課題である。
昨年六月の米中首脳会談で習近平がオバマに「新型大国関係」を提案した際は、台湾統一を米国に認めさせるという期待があった。
中東から撤退する米軍にはアジア・リバランスはできないと見くびっていた中国軍にとっては見通しが外れたわけで、その不満は習近平の「弱腰外交」に向かっている。
(中略)しかし、習近平が軍司令官に忠誠書を書かせた背景は、米国に対する結束を図るためだけではなく、もっと切実な理由がある。
習近平の汚職摘発運動「トラ退治ハエ叩き」が軍にも及び、軍首脳に動揺が広がっているからだ。最初の忠誠表明の前日に、二年前に三千億円規模の巨額汚職容疑で逮捕された谷俊山中将が起訴された。
谷俊山が軍用地管理などを扱う総後勤部の副部長時代の事件だが、収賄額の大きさから、後見人といわれる徐才厚・前軍事委副主席の連座が焦点だ。
徐才厚は江沢民派軍人の筆頭として十年近く軍の人事を握っており、江沢民が軍内に影響力を持つためのキーマンにほかならない。
制服組トップの徐才厚にまで追及の手が伸びれば、連座する軍首脳は相当数にのぼる。軍首脳が政権に圧力をかけ、必死に外部の脅威に目を向けさせようとする理由はここにある。
習近平は軍事委のなかに軍人の汚職の実態調査をする「巡視工作領導小組」を作り、組長に空軍司令官出身の許其亮・軍事委副主席を任命した。
解放軍主流の陸軍は徐才厚派で要所を固めている。
それに対し、習近平が空軍、海軍を足場に陸軍の利権構造を摘発した結果、空軍の発言力が強まり、「空天(航空戦略と宇宙戦略)一体化」論が叫ばれている。
そうした動きが陸軍をさらに動揺させている。
汚職摘発の次なる矛先は李鵬派
(中略)徐才厚とともに「トラ狩り」のターゲットになった周永康・前党政治局常務委員も長く取り調べが続いているがいまだ逮捕できていない。
累がわが身に及ぶことを恐れる党軍長老たちが「常務委員経験者は刑事罰に問われず」という慣例を盾に習王(習近平と党中央紀律検査委員会の王岐山書記)への圧力をかけているという。
「中国の夢」「中華民族の偉大な復興」と威勢よく舞台に登場した習近平にとっては厳しい状況だ。対米外交で実績を出せず、「反腐敗運動」でも摘発されるのが小物ばかりだと、二〇一七年の次期党大会での総書記再任さえ危うい。
軍の異変と歩調を合わせたかのように、新たな権力闘争が始まっている。(中略)
周永康事件で江沢民の壁にはばまれた習王が、矛先を李鵬へ向けたとみられている。
胡錦濤がそれを支持し、江沢民も反腐敗の幕引きを条件に李鵬派の利権摘発を許すのではないかという観測が高まっている。
本来的に権力基盤が脆弱な習近平がこの間、まがりなりにも保っていた求心力の背景は、その対米強硬姿勢にこそあった。
その強硬路線の転換を余儀なくされた今、軍、保守派の圧力を肌で感じながら新たな敵を作り出さざるを得ない現状は極めて危うい。中国の政局は再び不穏な雲行きを見せつつある。【選択 5月号】
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将軍達に「忠誠表明」を書かせる・・・・なんだか戦国大名の起請文のような感じですが、それだけ不信感が強いということでしょうか。
軍部との関係、共産党内部での権力闘争の結果、外からは意外にも思えるような対応が飛び出してくるというが考えられます。
【中国ネット世論に支持されたベトナムのアジア大会開催辞退】
中国の政策決定に影響力を持つのは、こうした権力内部の力学だけでなく、世論の動向もあります。
共産党一党支配とは言え、ネット世論などには相当に気を使っているように思えます。だからこそ、未だに一党支配体制が継続できているのでしょう。
今回のベトナムとの衝突に関しては、中国国内のベトナム批判の声や抗議行動はあまり聞こえてきません。
(ネット上には、生意気なベトナムを叩き潰せ的なものは横行してはいるのでしょうが)
共産党によって誘導されたとも言われる反日抗議行動のときとは全く異なります。
****南シナ海で中越の緊張が高まるなか南京市民が示したベトナム支持の中身とは****
・・・・しかし、中国国内での話題はむしろもう一つのニュースの方に集中している。それはベトナム政府が先月中旬、2019年の第18回アジア大会の首都ハノイでの開催を辞退することを発表したことについてである。(中略)
アジア地域の国内オリンピック委員会(NOC)の集合組織であるアジアオリンピック評議会は12年の総会で、19年のハノイ開催を決定した。
これはベトナムにとってはアジア大会の初の開催となり、成長するベトナムをアジアないし世界にアピールする絶好の機会でもあるはずだった。
しかし、日本のメディアの報道によれば、グエン・タン・ズン首相は「大会招致の目的や意味に関して意見の一致がない上、開催費用や財源をめぐり意見の相違が大きい」と指摘したうえ、「世界的な経済低迷の影響でベトナムの経済状況は多くの困難に直面しており、国家予算は他の切迫した用途に集中すべきだ」とアジア大会開催の辞退を決意した。
このニュースは中国で意外な波紋を広げた。ちょうど、5月8日、北京で南京ユースオリンピックの100日カウントダウンに関する記者発表が行われた。
その席上で体育総局副局長の肖天氏は、ベトナム政府が辞退を発表した19年アジア競技大会の開催について中国は引き継ぐ意向があるか、と記者からの質問を受けた。(中略)
すると、ユースオリンピック組織委員会の執行主席であり中国共産党南京市委員会書記の楊衛沢氏が話を受け継ぎ、「南京は開催条件を備えており、アジア競技大会の開催も可能だ。もし必要とあらば、我々はアジア競技大会を引き受けたいと考えている」と述べた。
南京市党幹部の発言に批判の嵐
・・・・その発言は瞬く間に話題となり、南京市民だけではなく中国全土の不評を買い、ネット上では激しい反対の声が沸き起こった。
一番多いのは、市の党書記が独断で南京全体を代表し、軽々しく決定を行っていいのか、という非難だ。「ベトナムが開催を辞退したのはお金がないからだが、それを引き継ぐ南京はベトナムよりお金があるからか?」と痛烈に批判する声があちこちから出てくる。
確かにベトナムは財政難を理由に開催を辞退したが、彼らがまた「お金は最も必要なところにかける」とも言っていることが、中国国民、特に南京市民の心の琴線に触れ、大きな感銘を与えた。
しかも、多くの南京市民は取り壊しラッシュや建設ラッシュが続くことを恐れ、大金を費やして建設した体育館が大会後に不要となり、さらに無駄遣いとなることを恐れている。
ネットユーザーのなかでは、次のような批判の声が湧き上がった。
「ベトナムは国民の金を大事に使い、南京は指導幹部たちの見栄のために無駄遣いする」(中略)
中国とベトナムとの対立のなかで、アジア大会の開催については、開催を辞退したベトナムに中国国民が支持票を投じたと言えよう。逆に、民意を考えずに偉そうな発言をした南京市の党書記は不評を買ってしまった。【5月15日 DIAMOND online】
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ただ、こうしたネット世論は、ベトナム国内で中国人が殺害されるという事態で容易に激昂することも考えられます。
権力内部の力学、ネット世論の動向を踏まえて、習近平政権の次の一手が出てくるのでしょうが、どんな手になるかはわかりません。