
(中国が南シナ海で建設を進める人工島 【5月30日 AFP】
【「譲れない国益」対「世界の警察官」】
南シナ海における“世界の国際秩序を左右する実力を備えた米中両大国は緩やかながら「新型大国間関係」の握手の手を離してはいないが、他方の手でいずれかがパンチを放つかもしれない緊張感に包まれている”【選択 6月号】という米中関係の緊張は周知のところです。
「自分たちの行動は主権の範囲内だ」とする中国は、南シナ海のスプラトリー(南沙)諸島で岩礁を埋め立てる人工島建設のスピードを上げ、火砲を配備するなど軍事利用を進め、今後は防空識別圏(ADIZ)設定を行うつもりなのでは・・・と見られています。
一方、アメリカは関係諸国の主権に関する論争には立ち入らないものの、「航行の自由」を主張し、P8対潜哨戒機ポセイドンに一部取材陣を搭乗させ南沙諸島に接近して領有権を主張する中国をけん制、次の段階では島の12カイリ(約22キロ)以内に米軍機を進入させ、一帯は国際空域だと行動で示すことになると表明(5月21日 米国防総省のウォレン報道部長)しています。(もっとも、アメリカは、議会の反対により「航行の自由」を掲げる国連海洋法条約を未だ批准していませんが)
“中国は新たに台頭してきた大国として、「譲れない国益」を守る強さと決意を世界に誇示しなくてはならない。
一方のアメリカも超大国としての地位を保つため、「世界の警察官」として相応の対応をする必要がある。”【6月9日号 Newsweek日本版】という、米中両国の“チキンレース”の様相を呈しています。
“「世界のどんな砂も『主権』を製造しない」(ラッセル次官補)という明白な常識をあざ笑うように中国共産党機関紙「人民日報」系の環球時報は5月25日付の社説で「中米両国が南シナ海で一戦交えることは不可避だ」と物騒な表現を使った。”【選択 6月号】
両国指導部とも武力衝突などは望んでいないでしょうが、「臆病者」と侮られることを恐れ、また、「弱腰」と見られることは国内的に批判を浴びますので、対応は次第にエスカレートし、不測の事態が起きることも懸念されます。
【南シナ海における日本の役割拡大に期待】
そうした緊張高まる南シナ海における日本の自衛隊への期待が、アメリカや、アメリカを後ろ盾として中国と対峙するフィリピン・ベトナムから強まっています。
****日本の南シナ海関与に高まる米国の期待、共同哨戒は慎重検討****
日本側は前向きに受け止めつつも、中国との緊張が続く東シナ海の対応で手一杯としており、米国の関心が特に高い共同哨戒は、引き続き慎重に検討していく構えを見せている。
<「ISRはやりたい」>
「後で出す共同声明を見てもらえれば明らかだ」──。米太平洋軍の関係者は、会議の会場となったシンガポールのシャングリラホテルでロイターにこう語り、南シナ海における日本の役割拡大に期待を示した。
会議2日目の30日に会談した日本の中谷元防衛相、米国のカーター国防長官、オーストラリアのアンドリュース国防相は共同声明を発表し、中国が南シナ海の南沙諸島で進める岩礁の埋め立てに強い懸念を表明した。
共同声明は、日本の安全保障政策の変化にも言及。「地域及び世界の安全保障に、より大きな役割を果たそうとする日本の最近の取り組みを歓迎し支持した」とし、自衛隊の役割が南シナ海にまで広がることへの期待を強くにじませた。
米国は日本に対し、装備協力や共同訓練などを通じて東南アジア諸国の防衛能力向上の支援を求めるとともに、自衛隊に米軍と共同で南シナ海を哨戒してもらいたいと考えている。
能力支援については、日本はすでに積極的に乗り出している。ベトナムの海上警察に中古の巡視船を供与したほか、潜水艦の事故が起きた場合の対応に関する研修を行った。
フィリピンとは今年5月に南シナ海で初の共同訓練を実施。さらに6月2日からのアキノ大統領訪日に合わせ、防衛装備品の供与に向けた正式協議の開始を決める見通しだ。
しかし、米軍との共同哨戒については思いが交錯している。「飛行機なのか、船なのか、ISR(情報・監視・偵察)はやりたいと思っている」と、防衛省関係者の1人は前向きな姿勢を示す。
一方、別の防衛省関係者は、日本は尖閣諸島(中国名:釣魚島)をめぐって中国との緊張が続く東シナ海を優先すべきと話す。「南シナ海は一義的には当事者がやるべきだ」と、同関係者は語る。装備、人員とも、東シナ海への対応で余裕がないという。
<中谷防衛相と中国の副参謀長、会議中に3度接触>
自衛隊の元海将によると、日本が南シナ海まで哨戒範囲を広げられるかどうかは、作戦内容によるという。
海域の一部を一周見回るだけなら今も可能で「東シナ海でいつも行っている活動を広げればいいだけだ」と、元海将は言う。
しかし、中国の潜水艦を追跡するといった任務だと24時間監視しなくてはならず、現状の能力と慎重に照らし合わせる必要があるという。
中谷防衛相は会議の開催中、中国人民解放軍の孫建国副参謀長と3度言葉を交わした。公には埋め立てに対し強いメッセージを発しつつも、何とか中国との関係を改善したいとの複雑な思いが見て取れる。
中谷防衛相が「さまざまな問題について大いに議論をしたい」と述べたのに対し、副参謀長は「(日中関係を)正常な方向に進めていくことを望んでいる」と応じた。【6月1日 ロイター】
*******************
すでに1月30日、米海軍第7艦隊のロバート・トーマス司令官が、アメリカは日本の自衛隊が南シナ海でのパトロールを活動することを歓迎するとの見解を示しています。
【フィリピン:自衛隊の基地使用に前向き】
“日本政府も、中国が滑走路建設を進めるファイアリークロス(永暑)礁を拠点に軍用機を運用すれば、シーレーン(海上交通路)の要衝であるマラッカ海峡などが中国軍の作戦可能範囲に入るとみており、決して人ごとではない。”【6月1日 産経】とは言うものの、日本からP3C哨戒機を飛ばすことには無理があります。
****************
・・・・とはいえ、高い警戒監視能力を誇る海上自衛隊のP3C哨戒機を南シナ海に派遣することは難しい。海自第5航空群司令部(那覇市)所属のP3Cが現地に向かうには片道4時間。P3Cの標準的な航続時間は10時間とされることから、警戒監視に充てられる時間はわずか2時間しかない。24時間態勢で監視を行うためには「2時間ごとにP3Cを飛ばさざるを得ず、現実的ではない」(海自幹部)のが実情だ。【6月1日 産経】
******************
そこで、フィリピンの基地を使うことも考えられます。
来日したフィリピンのアキノ大統領はこの方法に前向きなようです。
****比大統領、自衛隊の基地利用に期待感 中国を牽制か****
フィリピンのアキノ大統領は5日、自衛隊が将来、南シナ海で活動する場合を想定し、給油などのために自衛隊がフィリピン軍の基地を使うことを認める「訪問軍協定」の締結に向けた議論を始めたい意向を示した。都内であった記者会見で述べた。
中国がフィリピンやベトナムなどと領有権を争う南沙(スプラトリー)諸島で埋め立てを進めるなか、自衛隊の部隊が実際に南シナ海を訪れて存在感を示すことに期待感を表明した。
アキノ氏は会見で「自衛隊が南シナ海でパトロールをし、航空機が比軍基地での給油を求めた場合、施設を使わせるか」と問われ、「この件は(4日の)首脳会談で議論した。訪問軍協定に向けた議論を始めるつもりだ」と明言。「協定には上院の承認が必要」と留保はつけつつ、両国の戦略的な連携が進んでいくことを「歓迎する」と述べた。【6月5日 朝日】
******************
自衛隊へのラブコールはベトナムからもあります。
****自衛隊による監視期待 ベトナム国防次官****
ベトナムのグエン・チー・ビン国防次官は(5月)30日、会場のホテルで朝日新聞記者と会見し、南シナ海の領有権問題への日本の関与について、「発言力のある大国が、強く南シナ海に関与して欲しい」と述べ、日本の積極関与に期待を寄せた。
自衛隊による南シナ海の監視活動についても「他国の利益を侵害しない限り、南シナ海での活動は日本の権利だ」と述べ、歓迎する意向を示した。(後略)【5月31日 朝日】
******************
【「武器等防護」規定】
安倍総理は「日本の基本的な立場は、力による現状変更は許せないということだ。国際社会が一致協力して、声をあげていかなければならない」との姿勢ですが、具体的な活動については、“菅官房長官は、記者団が「アメリカでは、南シナ海の警戒・監視活動で自衛隊の役割の拡大を期待する声があるが」と質問したのに対し、「国際世論に強く求めていくということを今までずっとやっている」と述べるにとどめました。”【6月1日】とのことです。
なお、南シナ海での自衛隊の活動は集団的自衛権とは別の枠組みでも可能とされています。
****自衛隊法新規定で南シナ海での米艦防護も****
安保法制の審議が続いた5日の特別委員会では、集団的自衛権とは別の要件で他国の軍艦などを自衛隊が武器を使って守ることが出来る新たな規定をめぐって、中国とアメリカの間で緊張が高まっている南シナ海での自衛隊の活動を想定した議論が行われました。
今回の新たな法整備によって自衛隊が他国軍を守ることができるのは、集団的自衛権の発動だけではありません。共同訓練などの枠組みで自衛隊と行動を共にしている他国の軍隊を「日本の防衛に資する活動をしている」と見なすことによって、現場で不測の事態が起きた際に自衛隊が武器を使って守ることが出来るよう、自衛隊法75条に定められた「武器等防護」の規定を拡大しました。
南シナ海では、中国の進出を抑止したいアメリカが偵察活動を強化し、緊張が高まるなか、中谷防衛大臣は、こうした海域での米軍との共同訓練の重要性を強調し、監視活動についても「今後の課題」だとしています。
5日の国会審議では、南シナ海での監視活動などに自衛隊が参加する場合、この「武器等防護」規定を使ってアメリカ軍の艦船を守ることができるかが議論され、中谷大臣は、「日本の防衛に資する活動」と見なせば可能だとの認識を示しました。【6月6日 TBS】
******************
【「日米は南シナ海防衛の2頭馬車と期待されている」】
自衛隊による直接的活動以外にも、フィリピンなどへの武器輸出によって中国に対抗することも進められています。
****日比、武器輸出交渉へ 南シナ海、中国を懸念 首脳会談****
安倍晋三首相は4日、来日中のフィリピンのアキノ大統領と迎賓館で会談し、武器など防衛装備品輸出のための協定締結に向けた交渉を始めることで合意した。
南シナ海や東シナ海で海洋進出を加速する中国に対抗するため、自衛隊によるフィリピン軍への支援や共同訓練などの連携を深める方針だ。
両首脳は、中国が南シナ海・南沙諸島で進める埋め立てについて「深刻な懸念を共有する」とする共同宣言に署名。安倍首相は会談後の共同記者発表で「大規模な埋め立てを深刻に懸念し、いかなる一方的な現状変更にも反対することを確認した」と述べた。アキノ氏も中国を念頭に「国際社会を構成する国に対し、責任ある行動を求める」と語った。
安倍政権は昨年、武器輸出三原則を撤廃し、目的外使用がないなど一定条件を満たした国には武器を輸出できるようにした。すでに米、英、仏、豪と協定を結んでいる。
交渉開始に至るには、首相側の強い意向があったという。南シナ海で中国と衝突しているフィリピンと防衛交流を進めることで、尖閣問題で対立している中国を牽制(けんせい)する狙いからだ。
豪州と新型潜水艦の共同開発に向け技術供与をする方針を固め、マレーシアとも交渉開始で合意するなど、南シナ海周辺国との連携を強化している。
フィリピンからは今年1月、日本に提供してほしい武器などのリストが防衛省に送られた。「哨戒機から潜水艦まであらゆる物が入っていた」(防衛省幹部)といい、まずはレーダーのような警戒監視活動に必要なものから協議に入る見通しだ。
武器などの輸出に加えて、防衛省が力を入れているのが「能力構築支援」だ。防衛当局どうしの人の交流を通して、フィリピン軍の能力の底上げを狙う。5月には南シナ海で海上自衛隊とフィリピン海軍が共同訓練を実施した。
■海上警備、日米に期待
アキノ氏は4日、首脳会談に先立ち、都内で日本の造船会社と巡視船10隻の建造を進める署名式に出席した。日本の途上国援助(ODA)で造られ、来年8月以降、運輸通信省に属する沿岸警備隊に引き渡される。
一方で、フィリピン軍の海上防衛能力は手薄だ。40年以上、国内のイスラム系武装勢力や左翼ゲリラ対策に注力してきたためで、米沿岸警備隊が払い下げた建造後約50年の老朽巡視船を改造し、「最大の軍艦」として使用しているほどだ。
中国が南シナ海での活動を強めるなか、対応は急務だ。今回の防衛装備品移転の協定がまとまれば、比軍の装備強化につながる。
「積極的平和主義」のもと、自衛隊のプレゼンス向上も期待する。米軍は艦艇や哨戒機で南シナ海での警戒・監視活動を活発化させ、フィリピンへの事実上の再駐留へ動き出している。比デラサール大のレナート・デカストロ教授は「日米は南シナ海防衛の2頭馬車と期待されている」と話す。【6月5日 朝日】
*****************
フィリピン・ベトナムと他の東南アジア諸国では温度差もあります。
*****************
・・・・普段は中国の反感を買わないよう腐心する東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国は4月、中国による人工島の建設を「平和、安全保障、安定」に対する脅威と呼んだ。
ASEAN諸国は、この地域における米国の軍事的プレゼンスを歓迎している。
だが、彼らは密かに、緊張を高めないよう米国側に要請してきた。どのアジア諸国も、米国を支持するのか、中国を支持するのかはっきりと選択するよう迫られることは望んでいない。【英エコノミスト誌 2015年5月30日号】
*****************
日本にとっても、尖閣諸島に加えて、南シナ海でのチキンレースに“2頭馬車”で参加することは、中国との関係を考えたとき重大な覚悟を必要とします。
昔の自民党政権はアメリカからのこの手の要請には、“日本は憲法の制約があるので・・・”“野党がうるさいので・・・・”とかわしてきましたが、今は自ら憲法の制約を無効にし、けん制する野党勢力もなく・・・・「積極的平和主義」の全面展開でしょうか。
ただ、哨戒機を飛ばしたり、艦船を出したりしても、直接的な阻止行動をしない限りは、それだけでは中国の活動は止まらないでしょう。
「じゃ、どうするのか?」ということになると、悩ましいところです。正面から中国と対抗するのとは別のアプローチも必要でしょう。