
(給油を求めるバイクや車が1キロ近く並ぶガソリンスタンド前。先頭の人は3日前から並んでいるという=カトマンズ、貫洞欣寛撮影【10月25日 朝日】)
【新憲法は制定されたものの・・・】
ネパールにおいて、今年4月の大地震からの復興が進んでいないこと、また、新憲法制定をめぐる政治混乱が続いていることは、8月24日ブログ「ネパール 進まない震災復興 新憲法案がようやく制憲議会へ 従来政治から疎外されてきた勢力の反対も」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150824)で取り上げました。
2か月が経過した今も、基本的には事態は変わっていません。
政治面について言えば、7年越しでもめていた新憲法がようやく9月に制定され、形の上では相当の進展が見られました。
****ネパール新憲法、7年越し制定へ 法案を承認****
新憲法の制定作業を続けてきたネパール制憲議会は(9月)16日夜、同国を7州からなる連邦共和制国家とする新憲法案を承認した。
ヤダブ大統領が20日に憲法を公布する予定だ。2008年から7年にわたり混乱を繰り返しながら続いた憲法制定プロセスは、これで終了することになる。
新憲法はネパールを7州からなる連邦共和制国家と規定した。議会は二院制。大統領は象徴的存在で、首相が実権を握る。
ネパールでは06年、直接統治で強権支配しようとしたギャネンドラ国王が民主化要求運動で実権を失い、民政に復帰。国軍と内戦を続けた共産党毛沢東主義派(毛派)と政府側との和平合意も成立した。08年には新憲法をつくるための制憲議会選挙が行われ、同議会が王制廃止を決議した。【9月18日 朝日】
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また、共産党毛沢東主義派(毛派)とその他政党の確執から争いが絶えないネパールの政治情勢ではありますが、今月11日には議会第二党である統一共産党のオリ氏が毛派の支持も得て首相に決まっています。
****ネパール新首相にオリ氏 大地震の復興担う****
ネパール議会は11日、新憲法制定を受けて首相選を実施、第2党の統一共産党(UML)議長のK・P・オリ氏(63)を新首相に選出した。ネパールは9千人以上の犠牲者を出した4月の大地震からの復興途上にあり、オリ氏の政治手腕が問われる。
ネパールは9月20日、7州の連邦制とする新憲法を7年に及ぶ議論の末にまとめ、公布した。
首相選には、直前まで首相だった第1党、ネパール会議派総裁のコイララ氏も出馬したが、オリ氏は、第3党のネパール共産党毛沢東主義派などの支持で過半数を獲得した。【10月11日 共同】
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【マデシ問題に中国・インドの綱引きも重なって・・・・】
これで4月の大地震からの復興が軌道に乗るかと言えば・・・なかなかそうもいかないようです。
再建を担うはずの復興庁がいまだに設置されていないため、国外からの援助資金も宙に浮いた形になっています。
更に、新憲法制定をめぐる過程で、「マデシ問題」が顕在化し、ネパール経済は混乱状態にあります。
インド国境に近い南部低地に生活する「マデシ」は、血縁・言語・文化の面でインドとの関係が強い人々です。
もともとネパール南部地域にはインド系住民マデシが住んでいたいましたが、60年代の開発でインドからの移民が急増しました。
マデシを通じてインドの影響力が強まることを恐れた国王は、政府や軍の主要ポストからマデシを排除し、市民権獲得も困難にするなど、従来の政治的枠組みから疎外されてきました。
しかし、2008年の総選挙でマデシを基盤とする政党が躍進するなど、近年その権利主張が高まっています。
****マデシ***
マデシ(英: Madhesh)はネパール南部に東西に広がる細長い平原地帯、「マデス」「テライ」または「タライ」ともいわれる地域に住む人々。
国土面積の17%、人口の48%を占め、1100万人が住む。土地は肥沃である。南はインドに接する。
文化的には北インドのそれに近い。(中略)また、カースト制度も丘陵部のそれと違って、インドの制度に近い。【ウィキペディア】
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人口の48%を占めるということで、“少数民族”とも言えない一大勢力です。
マデシ系諸政党は“一つのマデシ”としてインド国境地帯全体に細長い一つの自治区をつくることを強く主張していますが、新憲法制定においてこれは認められませんでした。
このため、マデシ側(及び、これに協力するインド側)は、インド国境の物流を実力で止めて政府に圧力をかける事態となっています。
****インド住民「圧迫だ」・・・・ネパール、新憲法交付で対印関係悪化 中国台頭や地方議会選にらむ****
ネパールで公布された新憲法をめぐり、隣国インドが親インド住民の「マデシ」の権利擁護を要求し、両国関係が悪化している。
国境では物資を運ぶトラックが通行できなくなり、ネパールではガソリンなどが不足している。ネパールはこれをインドの圧力とみなし、反発を強めている。
インドに近いネパール南部に住むマデシは、新憲法で、州の新たな区割りなどによってマデシの議席が十分確保されず、マデシに多いインドからの帰化民などが首相などの要職に就けなくなるとして、抗議行動を続けてきた。しかし、ネパール制憲議会は今月16日、マデシの要求を振り切る形で新憲法案を承認した。
マデシを支援してきたインドはジャイシャンカル外務次官を派遣し、マデシのデモ隊と治安部隊の衝突で40人以上の死者が出ていることに懸念を伝えた。そのうえで、「全当事者の総意で問題を解決すべきだ」と見直しを迫ったが、ネパール側は聞き入れず、憲法は20日に公布された。
インドがマデシに肩入れするのは、マデシは国境を接するインド東部ビハール州に住む住民と血縁関係を持つ人が多く、言語などの文化を共有しているからだ。
インドとしては、王制崩壊後のネパールで中国の影響力が強まっているだけに、マデシの政治力確保は重要な課題といえる。
また、このままでは近く行われるビハール州議会選で、モディ印首相の与党、インド人民党(BJP)に逆風が吹く恐れがあり、容易に譲歩できない状況にある。
国境でのトラックなどの通行遮断により、ネパールは27日から自動車の使用規制を余儀なくされたが、通行遮断の原因や責任をめぐっても両国の主張は食い違う。
インド政府が「インドの貨物業者が(デモによる)治安上の懸念に苦情を訴えている」と説明していることに25日、駐ネパール印大使を呼んで「(インド側が)供給網の遮断を取り除く必要がある。治安上の問題はまったくない」と抗議した。
ネパール紙カトマンズ・ポストによれば、ネパールの約20の政党は、インドの圧力に屈しないことを決めた。カトマンズでは、インドを非難するデモも起きている。
ただ、ネパールは、マデシとの対話を続け、正式な手続きを踏めば憲法は修正できるとしている。ヒマラヤの内陸国は、物資供給を含め経済をインドに大きく依存しており、今後の動きが注目される。【9月27日 産経】
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この混乱で、11月に予定されていたカーター元米大統領のネパール訪問が取りやめになっています。
(大統領を止めてからの国際的活動の方が評価が高いカーター氏は、8月、脳の4カ所に進行性のメラノーマ(悪性黒色腫)があると診断されたことを明らかにしていますが、健康状態はどうなのでしょうか?)
****カーター元米大統領の訪問中止=国境封鎖で燃料不足―ネパール****
国際NGO「ハビタット・フォー・ヒューマニティ」は8日、11月に予定していたカーター元米大統領のネパール訪問を取りやめると発表した。
ネパールでは9月に新憲法が公布されて以降、憲法反対派がインドとの国境地帯を封鎖して物流を阻害。このため、燃料や食料品不足が深刻化していることが中止の原因という。
カーター氏は同NGOの活動の一環として、4月の大地震で被害を受けたネパール中部チトワン地区を訪れ、住宅建設を支援する予定だった。NGOは「燃料などの生活必需品不足が深刻で、活動に携わる人々の安全を保証できないと判断した」と説明した。【10月9日 時事】
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【宙に浮く国際資金援助】
こうしたマデシ問題からの経済混乱、政治対立からの復興庁設置の遅れによって、ヒマラヤ山間部が多いためただでさえ難しい大地震復興は手つかず状態に放置されています。
****ネパール、復興手つかず 大地震から半年 政治対立、届かぬ資金・燃料****
9千人近い死者を出したネパール大地震から25日で半年になる。再建を担うはずの復興庁がいまだに設置されないうえ、国内の政治対立からインドとの国境が封鎖されてガソリンなどの輸入がこの1カ月近くストップ。
復興に向けた作業は進まず、被災した人々の暮らしに影を落とす。
「村に戻りたいが、戻る家もないし、お金もない」
北東部シンドゥパルチョーク出身のマウサム・サンワルさん(23)はつぶやいた。地震で家を失い、妻や9カ月の娘とともに首都カトマンズの空き地でテント暮らしを続ける。この空き地には被災者ら約4600人が今もテントで生活する。政府の支援はない。
「もうすぐ冬になる。テントで娘が大丈夫なのか心配だ」
ネパールは山岳国。カトマンズは標高1千メートルを超え、冬の朝晩は5度以下の冷え込みは珍しくない。
6月にカトマンズであった支援国会合で、各国や世界銀行などは計44億ドル(約5300億円)の支援を表明した。日本も学校や住宅の再建などに2億6千万ドルの支援を発表した。
だが、ネパール政府を経由して流れるはずの資金の多くは、手つかずのままだ。資金の受け皿となる復興庁が設置されていないためだ。設置法案の議会上程は9月にずれ込み、議会では各派から修正要求が相次ぎ、まだ承認されていない。
国際協力機構(JICA)ネパール事務所によると、日本が支援を決めた2億6千万ドルのうち、以前の無償援助で建てた学校の修復など復興庁を経ずに行う事業は順調に進んでいるが、復興庁経由となる学校と住宅再建事業の計約2億ドル分は動いていない。
加えて、新憲法制定を巡る政治対立が燃料不足をもたらした。ネパールでは9月20日に新憲法が公布されたが、その直後から、人口の半数を占める南部の政党や住民らが人口数に比例した議会の議席配分などの修正を求め、インドとの国境で座り込んで封鎖したのだ。
ネパールは輸入の多くをインドに頼っており、ガソリンやプロパンガスなどの不足が深刻になっている。JICAの学校再建工事に影響が出るなど、復興の足かせともなっている。
カトマンズのガソリンスタンド前には、給油を求めるバイクや車が1キロ近い長い列を作っている。会社員ティカ・ガミレさん(43)は、スタンド前に泊まり込んで3日。「地震直後より今の方が苦しい」とため息をついた。
国連は23日、「冬が迫っている。8万世帯以上が今も食料と避難場所を求めている」との声明を出し、復興庁の早期設置と国境封鎖の解消を求めた。
■オリ首相「復興庁、数日でメド」
ネパールのオリ首相が24日、朝日新聞などの取材に応じた。遅れている復興庁設置について「作業を急ぎ、これから数日でめどをつける」と述べた。
新憲法に不満を募らせる南部の住民らがインドとの国境を封鎖し、国内が深刻な燃料不足に陥っていることについては「タマネギやジャガイモは問題なく輸入されているのに、燃料だけが入ってこない。インドとの友情を維持したいが、生き延びる必要がある」と述べ、中国からの輸入を検討していることを示唆した。
さらに「憲法は改正することが出来る」とも述べ、より大きな権限を求める南部住民と交渉し、憲法を改正する用意があることも示唆した。【10月25日 朝日】
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アルピニストの野口健氏の支援活動も報告されていますが、山間部の道路が寸断された状態で、物理的に復興作業は困難を極めています。更に、政治が足を引っ張っていてはどうにもなりません。
****ネパール大震災・・・被災現場を歩いてわかる現地のニーズ****
4月に発生したネパール大震災。ヒマラヤで被災し、現地に滞在しながら自身に何ができるのだろうかと考え続けた。
まず始めたのがエベレスト街道の集落の被害調査。同時に「ヒマラヤ大震災基金」を立ち上げた。多くの村人が住居を失っていたので家族が過ごせる大型テントを約600張(はり)、村々に届けたが、これが大仕事。
被災地は雨期に突入しており、道中至る所で土砂災害に見舞われている。頑丈な大型テントは1張50キロ以上の重量になり、約600人のポーターやロバを必要とした。彼らが無事に戻ってくるまでハラハラさせられた。
次に取り掛かったのは住宅再建のための軍資金づくりだ。現金を被災者に直接手渡すことに抵抗を示す人もいるが、彼らがいま何を必要としているのか、現場を歩き回りながら聞き続けた。
物資も重要だが、同時に住居なり、山小屋を再建しなければ自立はできない。震災後、大工の人件費や資材費は高騰している。村々のリーダーを集め、協議を重ねたうえで各家族に現金を直接手渡した。
観光客も激減したままだ。村人の多くはガイドや山小屋経営に携わっているだけに極めて深刻だ。人は食べていかねばならない。被災現場を歩き続けていると時々のニーズがわかる。日本にいてはそれを感じることはできない。
次のプランは集落周辺の斜面への植林活動。土砂災害対策である。植林されている斜面では土砂災害が少ないということも今夏の現地調査で感じてきたことだ。
再建現場を訪れて驚いたのは震災前と全く同じ方法で家を建て直していることだ。これでは同規模の震災が起これば同じように破壊されてしまう。
先日、世界的な建築家の坂茂さんにお会いした。坂さんはボール紙などで作られた紙筒を壁や梁(はり)などに使用する仮設住宅を世界中の被災地に建ててこられた。
木材が手に入りにくい山間部においても大変魅力的であり、日本の耐震基準をクリアしている。実現すれば日本の技術がネパールを救う。坂さんのお話に新たな希望を感じていた。
27日、ネパール大震災のシンポジウム(詳細は野口健HPで)を行う。多くの方に参加をお願いしたい。【10月22日 産経】
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