
(1月8日未明に焼き打ちにあったクアラルンプールの教会を背に、マスコミ取材を受ける与党幹部
“flickr”より By WordsManifest
http://www.flickr.com/photos/wordsmanifest/4257005085/)
【女性へのムチ打ち刑】
****マレーシア、女性に初のムチ打ち 婚外交渉した3人*****
マレーシア内務省当局者は18日、3人のイスラム教徒の女性に対し、イスラム教で禁じられた婚外交渉を行ったとしてムチ打ち刑を執行したことを明らかにした。女性に対するムチ打ち刑の執行は同国では初めてとしている。国際人権団体が同国の対応を批判、波紋を呼びつつある。
当局者の話や地元メディアの報道では、ムチ打ちは2月9日、クアラルンプール郊外の女性刑務所内で執行された。衣服を着たままの状態で背中を打たれたが、外傷は負わなかったとしている。うち1人は刑の執行後に釈放された。
3人は結婚後に別の男性と性交渉を持ったことがイスラム教の教えに反するとされ、宗教裁判所が昨年12月から今年1月にかけて、それぞれにむち打ち刑の判決を下した。
国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは、執行が明らかになった直後、マレーシア政府に女性へのムチ打ちをやめるように求めた。【2月19日 朝日】
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昨年7月にも、同様のイスラム法廷による、ビール飲酒の女性に対するムチ打ち刑判決のニュースがありました。
****ビール飲んだ女性モデル、ムチ打ち6回の刑 マレーシア*****
マレーシア東部のパハン州の宗教裁判所は、公の場で飲酒したイスラム教徒の女性モデル(32)に6回のムチ打ち刑と罰金5千リンギ(約13万円)の判決を出した。地元メディアによると、上訴しない意向で刑を受ける同国初の女性になりそうだが、女性に対するムチ打ち刑への抵抗も根強く、議論を呼んでいる。
女性は昨年7月、ホテル内のナイトクラブでビールを飲んでいて宗教局に逮捕され、20日に判決を受けた。女性へのムチ打ち刑判決は2例目。1月にも別の女性が飲酒を理由に判決を受けたが、上訴したため執行されていない。
シャリザット女性・家族・社会開発相は「一般の裁判(の結果)でムチで打たれることはない」と判決を批判。イスラム裁判所と一般の裁判所が併存する現状を踏まえて「懲罰も公平であるべきだ」と指摘した。別の野党議員の女性も「刑罰は教育的なものであるはずで、肉体を傷つけてはいけない」と強調する。
一方、イスラム教徒の弁護士は、判決への批判はイスラム法廷への侮辱だとし、「イスラム法に基づいて裁判官が下した判決に不満があれば、法にのっとり上訴すべきだ」と反発する。【09年7月29日】
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冒頭記事の婚外交渉女性が初めてのムチ打ち刑ということは、上記ビール飲酒女性は結局上訴して刑を免れたのでしょうか。
【共存社会】
マレーシアはマレー人によるイスラム教を国教とする国ですが、民族的には、マレー系(約65%)の他、華人(中華)系(約25%)、インド系(印僑)(約7%)が存在します。
このマレー系の中にはボルネオ島のサラワク州・サバ州の少数原住民族も含まれています。
宗教的にはマレー人(憲法で「日常的にマレー語を話し、イスラムを信仰し、マレーの習慣に従う者である」と定義されています)はイスラム教、中華系は仏教、インド系はヒンドゥー教徒が多数を占めますが、イギリス植民地時代の影響もあって、キリスト教徒も8~9%います。
キリスト教徒は、サバ、サラワク州の少数民族に多く、西マレーシアでは、両州出身者のほか、インド系、中華系にもキリスト教徒が存在します。しかし、マレーシア政府は、民族融和のため少数民族のイスラム化を進め、彼らにイスラム以外の布教をすることを認めていないそうです。
なお、東マレーシアは、ほとんどマレー人イスラム社会です。
東マレーシアでもイスラムの影響が強いコタバルを旅行したことがありますが、西の首都クアラルンプールなどとは全く様相が異なり、街の女性はみなスカーフ姿で、完全なイスラム社会の雰囲気でした。
従来、マレーシアは各民族がそれぞれの文化、風習、宗教を生かしたまま、互いにあまり干渉することなく暮らしていると言われてきました。(たとえば、飲酒についても、非イスラム教徒の中華系・インド系は許されています。)
政治的には、各民族がそれぞれの政党を支持し、民族別の政党がマレー系政党を中心に与党連合を形成する形がとられています。
政策的には、経済的に劣後するマレー系の引き上げを図るため、マレー系優遇策(ブミプトラ政策)がとられてきました。
02年に旅行した際も、異なる民族の人々が職場では共通語の英語でコミュニケーションをとるとか、TVでは民族融和を促すような映像が流されるなど、共存のイメージは感じられました。
【ブミプトラから新政策へ】
ただ、この多民族・多宗教共存社会が軋み始めていることは、これまでも取り上げたことがあります。
ブミプトラ政策によって当然、マレー系以外は不利になりますが、特にインド系貧困層から強い不満が出て社会問題化したこともあります。
マレー系のなかでも、一部既得権益グループとその他の格差、制度への“甘え”による非効率、成長したマレー系からむしろ“束縛・制約”と捉え自由を求める声も高まる・・・などの動きも出て、これまでの与党に対する批判も強くなり、前首相が退任、昨年4月に就任したナジブ首相はこれまで優遇されていたマレー人の特権を一部縮小する新政策を発表しています。
昨年夏段階では、新政策は世論調査では6割強の支持を得ていました。当然、マレー系からの反発もあります。
イスラム法に反する女性へのムチ打ち刑という、イスラム法の厳格な運用を支持する流れも、こうした軋み始めた共存社会のなかで出てきたものか・・・という感じがあります。
【教会焼き打ち】
もっと明確な軋みも表面化しています。
昨年末の「アラー」という言葉の使用をめぐる高裁判決を受けて、宗教対立とも言える緊張が高まっています。
“マレーシア憲法は、イスラム教の唯一神「アラー」という言葉をイスラム教徒以外が使用することを禁じている。異教徒が「アラー」を使う時、改宗の試みを意図していることがある、との理由からだ。
だが、数年前にキリスト教系の週刊誌が「アラー」という言葉を使用。政府の「指導」に反して抵抗し、結局、昨年2月には裁判にまで発展した。高裁は先月(09年12月)末、「キリスト教徒への教育目的の場合」に限定して「アラー」の使用を認める判決を出した。”【1月8日 毎日】
判決へ不満を示す一部イスラム教徒によって、キリスト教会焼き打ちという事態にもなっています。
****キリスト教会数カ所に火炎瓶、「アラー」容認判決に不満のイスラム過激派か*****
首都圏クランバレー、ペラ州、マラッカ州、サラワク州で8日から10日にかけ、キリスト教会やキリスト教系中学校などが火炎瓶などで攻撃を受ける事件が続発、カトリック系週刊誌「ヘラルド」に対し神を意味する言葉として「アラー」を用いることを認めた先の高裁判決に反発する、イスラム過激派のしわざとみられている。(中略)
いずれの事件でもけが人は報告されていない。ムサ・ハッサン警察長官は、計画的な犯行ではなく衝動的な犯行であるとの見方を示した。
民族対立がエスカレートするのを避けたいナジブ・ラザク首相は、警察当局に全国の教会周辺の警備強化を指示したほか、過激派に対しては厳しい態度で臨む姿勢を表明。「マレーシア人のほとんどが過激派ではない」と述べ、一部の跳ね上がり者の犯行であるとの見方を示した。9日には、大きな被害に遭ったKLの教会を視察、再建資金として50万リンギの公費を支出する方針を明らかにし、キリスト教側への配慮を示した。政府は高裁判決を不服として控訴しており、ナジブ首相はあくまで法廷で争う構えを示した上で、暴力的な抗議活動を行なわないよう呼びかけている。
教会焼き打ちという過激な行動には、穏健派のイスラム社会も反発を強めており、125の非政府組織(NGO)が非難の声明を発表。130のNGOと「レラ」(自警団)は、キリスト教会周辺でのパトロールなどで協力を申し出ている。【1月12日 JST】
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キリスト教徒側からの反発として、首都クアラルンプール郊外のモスク2か所の庭で、イスラム教徒が「不浄な動物」とみなすブタ4頭分の頭が切断された状態で置かれているのが発見される事件も起きています。
【不明瞭な政府対応】
暴力的な抗議活動を行なわないよう呼びかけ“民族対立がエスカレートするのを避けたい”というナジブ首相ですが、一方で、“政府は高裁判決を不服として控訴しておりあくまで法廷で争う構えを示している”というように、イスラム教徒の不満を煽るような形になっているのも、理解しがたいものがあります。
マレーシア社会の不安定化に伴い、頭脳流出や海外投資家の動揺もおきているとも。
今回の宗教対立収拾のため、政府は1月末に、キリスト教徒の多いペナン・サラワク・サバ3州と首都クアラルンプールを含む連邦直轄区ではキリスト教徒の「アラー」使用を認めることを発表しています。【2月17日号 Newsweek日本版】
その後、衝突などを報じる記事は目にしていませんので、とりあえずは沈静化したのかもしれませんが、共存社会の軋み、それに伴う緊張の高まりは、マレーシア社会に底流に残っているように思われます。
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