(インドの首都ニューデリーの火葬場で、新型コロナウイルスによる死者の遺体を火葬する準備をする親族ら(2021年5月2日撮影)【5月4日 AFP】
インドの一日の新規感染者は35万人レベルとされていますが、しかし、研究者が計量モデルで分析した結果、1日当たりの感染者数の実数は100万人単位に達している可能性が高いとも)
【医薬品の特許権をめぐる問題 エイズの教訓】
現在の国際交易においては知的所有権の保護が中心課題となっています。
知的所有権には、芸術的・学術的な表現を保護する「著作権」、技術的な発明を保護する「特許権」、アイデアを保護する「実用新案権」、物品のデザインを保護する「意匠権」、商品やサービスのマークを保護する「商標権」などがあります。
要するに、特許権などで開発者の利益を保護し、違法なパクりなどによる権利侵害を防ぐということです。
一般論としては正当な主張です。
ただ、往々にして問題となるのは医薬品特許の問題。
いろんな治療薬が開発されたこともあって、最近では話題になることが少なくなりましたが、一時期世界中を震撼させたのがエイズ。
2000年前後、確かにエイズ治療薬は開発されたものの、特許権で保護された欧米製薬会社の治療薬は高価で、エイズがまん延していた南アフリカなどの途上国・貧困層は現実的には利用できませんでした。
途上国の立場からすれば、製薬会社の利益を守るために、自国民を見殺しにすることにもなります。
そのため、南アフリカ政府は1997年、インドからの安価なコピー薬輸入を承認、これに反発する欧米製薬会社との間で訴訟になりました。
欧米製薬会社からすれば、開発者の利益が保護されなければ、今後有効な新薬開発が行われなくなり、長期的には人々の命にも関わる・・・というスジ論になります。
この訴訟は、ブランドに傷が付くのを恐れた製薬会社の意向もあって、2001年に南アフリカ側に有利な条件で和解が成立しました。
医薬品の直接的な製造原価などは微々たるものです。医薬品の価値の大半は、開発までに注ぎ込まれた時間・資金にあります。
この問題は、貧困層の命と製薬会社のカネのどっちが大事なのか・・・という単純な話ではなく、製薬会社の「スジ論」が意味があるのは、医薬品の開発には10年から15年といった長い年月が必要で、その過程で多くの試験的な薬は開発が断念され、実際に製品化されるのは極めて少数のものに限られるという医薬品の特性があります。
まさに、社運を賭けた開発になることも。
この長期にわたる多大な投資のもとでの開発の利益が保護されなければ、誰も新薬の開発など行わず、人類の健康の改善がストップするいうことにもなります。
【新型コロナワクチンをめぐり問題再燃】
そして現在、世界を脅かしていてるのが新型コロナウイルス。
一応、対応ワクチンはいくつかできました。しかし、その大半は富裕国に囲い込まれ、多くの途上国には行き渡らない現実があります。
****WHOと仏大統領、コロナワクチンの不平等な配分を非難****
世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は23日に発表した報告書で、新型コロナウイルスワクチンは依然として最貧国に到達していないと述べた。
新型コロナなどのワクチンを低所得国にも供給することを目指す国際的枠組み「COVAX(コバックス)」は発足1周年を迎える。テドロス局長は「世界で約9億本近いワクチンが接種されているが、高・中所得国がその81%を占める一方、低所得国はわずか0.3%にとどまっている」と指摘。会見ではインドでの感染拡大に懸念を示した。
また、フランスのマクロン大統領は欧州では6人に1人、北米では5人に1人がワクチンを接種しているが、アフリカでは100人に1人しか接種していないとし、「受け入れがたい」と語った。
南アフリカのラマフォサ大統領は、製薬企業に対し、メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンに関する技術を「知的財産権を巡る制限なく」中・低所得国に移転するよう要請。ワクチンナショナリズムに対抗し、知的財産権の保護が人命を犠牲にすることがないよう呼び掛けた。【4月23日 ロイター】
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上記にもあるように、再び新型コロナワクチンをめぐる「知的財産権の保護」が問題となっています。
下記はスイス公共放送の記事。
****コロナワクチンの特許、一時停止すべき?ジュネーブを中心に議論****
新型コロナウイルスのワクチン技術の特許について、保護義務の一時的免除を要求する動きが広がっている。スイスなどの富裕国が抵抗する一方で、ワクチン獲得競争から取り残されている発展途上国はジュネーブの国連機関で圧力を強めている。
史上最大のワクチン接種キャンペーンによって、昔からの議論が再燃している。世界的な危機において、技術の独占は理にかなっているのか?つまり、何百万人が亡くなっても知的財産を守る必要があるのか、という議論だ。
インドと南アフリカは昨年10月、世界貿易機関(WTO)で、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の抑制に役立つすべての製品について、「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)」が定める特許の保護義務を一時的に免除する案他のサイトへを提起した。ワクチンの他に、検査薬、医療機器、将来の治療法が対象となる。もし、同案が採択されれば、免除は義務になる。
世界中の研究所がワクチン技術を利用して、ジェネリック医薬品(後発薬)を生産できるようになるという考えだ。同案の提案国によると、ワクチンのコスト削減と世界的な生産拡大が可能になる。
同案は数カ月の間に、100以上の国の支持を集めた。しかし富裕国は、パンデミックはWTOルールを破る理由にはならないとして反対している。交渉は続いているものの膠着状態に陥っている。
続く圧力
その一方で、中国とアフリカ諸国が世界保健機関(WHO)で、ワクチンの技術移転と国内生産を強化するための措置を盛り込んだ別の決議案を提起した。swissinfo.chが入手した決議草案によると、署名国には特許を所有する企業に技術を移転するよう少なくとも道義的圧力を掛ける義務がある。
特許権者は企業なので、実際には難しいかもしれない。しかし、スイスの非政府組織(NGO)のパブリック・アイが指摘するように、コロナワクチンに携わる企業のほとんどは政府から補助金を受け取っている。
同NGOの最近の調査によると、世界中の産業界がワクチン開発のために受け取った財政的リスクのない資金は、千億ドル(約11兆700億円)を超えるという。
WHOの決議案も交渉中だが5月のWHOの世界保健総会で採決される見込みだ。欧州連合(EU)諸国と日本がすでに、いかなる技術移転も自発的でなければならないという条項を強く要求している。同決議案に関するスイスの立場はWTO交渉で採った路線と同じだ。しかし、最終的な立場は提出される決議の文言による。
スイスの抵抗
富裕国の中でスイスだけが反対しているのではない。(中略)スイスの主張はこうだ。
新型コロナワクチンは複雑で、新しい製造工程や設備を必要としたり、既存の設備を広範に別の目的で利用したりする。現行の特許制度だけが、ワクチンの開発者と製造者が協力するインセンティブを与え、支援や技術・ノウハウの移転を可能にする。だから、特許保護の一時停止がすぐにコロナワクチンの世界的な供給につながると考えると「誤解を招く」と述べる。(中略)
製薬業界の立場を反映
連邦政府の立場は製薬業界の立場にも反映されている。ジュネーブに本部を置く国際製薬団体連合会(IFPMA)のトーマス・クエニ事務局長は「(グローバルな対応は)非常に困難な挑戦だが、これまでのところ、予想以上に上手く進んでいる」と述べた。「しかし、今後は、富裕国が連帯して他国を支援することがカギになるだろう」
同氏によると、「知的財産権がパンデミックへの対応を妨げているという主張がある」が、このパンデミックで国内外の知的財産(IP)の枠組みを弱めることは逆効果だという。
「研究開発やアクセスを加速させることにはならず、これまで十分に機能してきたIP制度への信頼を損なうことになる。IP制度のおかげで、産業界は学界、研究機関、財団、その他の民間企業と安心して提携し、世界の多くのアンメット・メディカル・ニーズ(治療法が見つかっていない病気に対する医療ニーズ)に対処するために医薬品の研究開発を大幅に促進することができた」と同氏は語った。
道義的侵害
WHOと国連合同エイズ計画(UNAIDS)は当初から、特許の保護義務を免除し、技術共有の新しいモデルを摸索するという提案に支持を表明してきた。
両機関は昨年10月に行われたWTOの会合で、「新型コロナの予防・診断・治療に関する医療技術へのアクセスと移転を容易にするためには、(特許の保護義務の)免除が、取引費用が削減し、研究開発サイクルやサプライチェーンの主要な障壁を撤廃することになるだろう」と述べた。
UNAIDSは、国際社会は初期のエイズ対策の「つらい教訓」を繰り返してはならないと主張した。当時、比較的豊かな国の人々には医薬品が手に入る一方で、発展途上国の何百万の人々は取り残された。「これは人権の問題だ。各国政府が通常の実務のように現在のパンデミックに対処することはできない」
半年経っても議論は平行線のままだ。WHOのテドロス事務局長は、ワクチンの不公平な分配を「道義的侵害」と呼び、各国と産業界で行き詰まりの打開策を見つけるよう提案している。【4月15日 SWI swissinfo.ch 】
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大手製薬会社の本拠地であり、主要生産国であるアメリカ国内でも議論が高まっています。
****バイデン政権、ワクチン特許で板挟み 途上国の放棄要求に米産業界反発****
新型コロナウイルスワクチンの特許権をめぐり、バイデン米政権が、放棄を求める発展途上国から圧力を受けている。途上国は米企業が握る特許を使い、自国生産を加速させて感染を押さえ込みたい考えだ。
一方、開発に巨費を投じた米製薬業界は、収益確保の観点から特許放棄へ安易に応じないよう働きかけている。
(中略)すでに米人口の44%が少なくとも1度の接種を受けた。一部先進国では英国が51%となるなど接種が加速。対照的に新興国は遅く、感染拡大に見舞われるインドが9%、ブラジルが14%。南アフリカなどの途上国は1%未満にとどまる。
格差の背景には、自国民向けの確保を優先する「ワクチン・ナショナリズム」がある。欧州連合(EU)が輸出規制に乗り出し、米国も余剰分を輸出に回す姿勢をとっており、ワクチンの囲い込みが進んだ。
こうした中、インドや南アは昨年秋、世界貿易機関(WTO)にワクチンの特許を一時放棄するよう提案。WTOの「貿易関連知的財産権協定(TRIPS)」の規定適用の猶予を求め、大多数の国が支持したが、米国やEUが同意せず結論には至っていない。
米国では民主党左派が特許放棄に賛同しており、WTOと協議を継続している米通商代表部(USTR)のタイ代表が、米製薬企業と相次ぎ会談。米政治メディア「ポリティコ」によると、先月30日のWTOの会合で途上国側が提案を修正する方針を表明するなど、関係者が妥協点を探っている。
世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は今月3日、「勇気づけられる進展」があったと述べた。
医薬品の特許をめぐる先進国と途上国の摩擦は、抗エイズウイルス薬などで繰り返されてきた。厳格な特許保護が、生産に乗り出したい途上国での普及で障害になれば、感染が拡大して人道的な問題を生じる。
バイデン政権は、途上国へのワクチン外交を活発化させている中国に対抗するためにも、ワクチン普及で指導力を発揮したい意向とみられる。
ただ、特許だけで比較的簡単に作れるジェネリック医薬品(後発薬)と違い、ワクチンの工程は複雑だ。ウイルス変異の対応などでも、開発者と製造者の密接な協力が必要になる。
ワクチン開発に漕ぎつけた米製薬業界はさらに、利益を生み出す特許の放棄を迫られれば新薬開発に向けた資金が集まらなくなるとの立場も主張し、「米政府や米議会に強力なロビー活動を展開」(米メディア)しているという。
特許放棄するより「生産を加速させて途上国に分配する方が役立つ」とも主張。自国の産業競争力を重視するバイデン政権は、板挟みとなっている。【5月4日 産経】
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“政治サイトのポリティコによると、知的財産権放棄を支持する民主党議員はバーニー・サンダース上院議員やエリザベス・ウォーレン上院議員をはじめ、約100人にのぼる。
特許放棄はこのほか、多くの慈善団体やWHOのテドロス・アダノム・ゲブレイエスス事務局長、ローマ教皇フランシスコらも支持している。一方、トム・コットン率いる共和党上院議員グループは、知的財産権はイノベーションを促進するものだとして、バイデンに特許放棄を支持しないよう求めている。”【4月14日 Forbes】
民主党vs共和党というだけでなく、民主党内部の急進派からの突き上げがあってバイデン大統領を苦慮しています。
こうした議論のなかで、米政府が特許権の放棄に前向きとの報道も。
****ワクチン特許放棄、米政府が前向き 製薬会社は反発****
米政府が新型コロナウイルスワクチンの国際的な供給を増やすため、特許権の放棄に前向きな姿勢をみせている。途上国が生産を増やす手段として要請を強めているためだ。
ワクチン外交を繰り広げる中国やロシアへの対抗の側面もあるが、技術流出を懸念する製薬会社は猛反発している。【5月4日 日経】
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中心企業ファイザーの売上高見通しは上方修正とか。
****ワクチン売上高見通し2.8兆円 米ファイザー、上方修正****
米医薬品大手ファイザーは4日、ドイツのバイオ企業ビオンテックと開発した新型コロナウイルスワクチンについて、2021年12月期の売上高見通しを上方修正し、従来予想と比べて約1.7倍に当たる260億ドル(約2兆8千億円)程度になることを明らかにした。
4月中旬までの契約に基づき、年内に16億回分の供給を見込んでいることを反映した。ワクチンの売上高はファイザー全体の3分の1以上を占める規模に拡大する見通しだ。
ファイザーは設備増強などを進めており、ワクチンの年間生産量を最大25億回分に引き上げることを目指している。【5月4日 共同】
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前述のように製薬会社の主張にも配慮すべき点は多々ありますが、ただ、多くの人々が亡くなっていく現状を前にして、「それでも、特許権を守ることが、今後の開発にとって重要」という議論は、そのままではいささか受け入れがたいものがあります。
特に、一部富裕国がワクチンを囲い込み、国際的な枠組み「COVAX(コバックス)」が十分に機能していない現状にあっては。
何らかの調整が必要ですが、あくまでも特許権を守るというのであれば、最低限、「COVAX(コバックス)」を格段にぺーズアップするための富裕国側の身を切る「犠牲」が必要でしょう。
すでに余裕がでてきたアメリカ・イギリスはそれでも大きな問題はないでしょうが、途上国並みのワクチン接種状況の日本は・・・という話はありますが。
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