◇ザ・ガール ヒッチコックに囚われた女(2012年 イギリス、アメリカ、南アフリカ 91分)
原題 The Girl
staff 原作/ドナルド・スポト
『Spellbound by Beauty : Alfred Hitchcock and His Leading Ladies』
監督/ジュリアン・ジャロルド 脚本/グウィネス・ヒューズ
撮影/ジョン・パルデュー 音楽/フィリップ・ミラー
cast シエナ・ミラー トビー・ジョーンズ イメルダ・スタウントン コンラッド・ケンプ
◇1963年3月28日『鳥』封切
因縁といったら御幣があるかもしれないけど。
この作品のヒロインであるティッピ・ヘドレンは、
ヒッチコックの『鳥』で一気にスターの仲間入りを果たし、
ゴールデングローブ賞を受賞した。
ところが、その撮影中、
彼女に恋狂いしたヒッチコックによって、
セクハラとパワハラを合わせたような目に遭わされ、
ストーキングまがいのつけ回しまで受けたらしい。
で、この作品が作られてるわけだけど、
因縁めいた話というのは、彼女の娘メラニー・グリフィスのことだ。
そう、ヒッチコックの崇拝者ブライアン・デ・パルマに見出された女優で、
ヒッチコックの傑作『裏窓』と『めまい』のオマージュ『ボディ・ダブル』に出演し、
一気にスターダムに駆け上り、
やがて『ワーキングガール』でゴールデングローブ賞を受賞している。
なんだか、母子そろって似たような道を歩んでるように見える。
因縁っていうのか、運命っていうのか、もしもそういうものがあるなら、
この母子ほど、ふしぎな一致はないっておもったりする。
ま、それはともかく、
この作品がヒッチコックの『鳥』と『マーニー』の裏話でなかったら、
単に、
子持ちの自分に横恋慕してきた監督の、
陰湿かつ執拗な嫌がらせに果敢に立ち向かった女優の奮闘記、
てなことになってしまい、さほど注目されなかったかもしれない。
けれど、
これはまちがいなくヒッチコックとティッピ・ヘドレンのスキャンダルだ。
実際、
自分の掌に乗ってる女性に、権力でもっていいよるのは卑怯な話だし、
いきなり肘鉄を食らわされたからといって、
本物の鳥に襲わせる場面を43回も撮り直しさせるってのは、
なんだか観ているこちらが辛くなるような逆切れエピソードだ。
ただまあ、どうなんだろうね。
ひとつだけ、なんとなくわかる気がするのは、
ものすごい好きな女性がいて、まるで自分にふりむいてくれなくて、
それどころか、ある種のプライドを傷つけられたと感じてしまったら、
可愛さ余って憎さが百倍になって、とことん虐め抜いて、
泣き苦しんでいるところ見て、嘲り笑ってやろうとする歪な心根だ。
もしかしたら、誰もが大なり小なり持っている暗黒面かもしれない。
現代でいえば、
たとえば、ふられた腹いせに、ネットの掲示板やツイッターとかに、
あることないこと書き込んだり、あられもない写真を載せたりして、
彼女のプライドを木っ端微塵にしてやろうとおもったりすることかな?
この作品の中で、ヒッチコックのしたことは、それに似てる。
ほんとに、こんなことがあったんだろうか?
いや、
原作はティッピ・ヘドレンに取材した上で書かれてるんだから、
多少の誇張はあるにせよ、似たような事実はあったのかもしれない。
たしかに映画『ヒッチコック』でも、
ヒッチコックがヴェラ・マイルズに向かって、
「どうして、わたしから去った?」
てな質問をしてるわけだから、ヒッチコックの女好きは周知のことだったんだろう。
といっても、
まあ『鳥』の撮影風景でいえば、
ボートから桟橋に降りる件と、
電話ボックスの鳥の襲撃場面と、
屋根裏での鳥の群れの襲撃場面とは、
似てるけど微妙に違っているわけだから、
実際の話じゃないんだよっていうことになるのかもしれない。
そんなことから想像できることは、
ティッピは、たった一度のキスも嫌がるほど、
ヒッチコックという、いわば恩人となるような人間を、どうしても好きになれず、
それどころか、
半世紀を経た今でも糾弾したいほどに憎んでいたのかな~ってことだ。
執念深いといったらいけないかもしれないけど、
げに恐ろしきは、女心です。
あ、でも。
ヒッチコックが、美男子だったら、肘鉄は食らわされなかったわけなので、
そういうところ、天才ヒッチコックも辛いところだったんだろう。
「とほほ…」
っていう、熊倉一雄の声が聞こえてきそうだわ。