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白い恐怖

2013年05月15日 15時55分15秒 | 洋画1941~1950年

 ◎白い恐怖(1945年 アメリカ 111分)

 原題 Spellbound

 staff 原作/フランシス・ビーディング『Spellbound』

     監督/アルフレッド・ヒッチコック 脚色/ベン・ヘクト

     撮影/ジョージ・バーンズ 音楽/ミクロス・ローザ

     美術/ジョン・エウィング 夢シーン装置/サルバドール・ダリ

 cast イングリッド・バーグマン グレゴリー・ペック ドナルド・カーティス ロンダ・フレミング

 ◎Spellboundの意味

 直訳すれば「魔法をかけられた、魅了された、うっとりした」とかいう形容詞なんだけど、意味のひとつに「呪文に縛られた」っていうのがある。

 てことは「呪縛」って訳すのがいちばんいいかもしれない。

 で、誰が呪縛されてるのかって話だけど、グレゴリー・ペックとイングリッド・バーグマンだ。

 謎解き混じりにいってしまえば、記憶を失って目覚めたときの状況から、偽りの医者となって病院に赴任したものの、白時に波線を眼にするとパニック発作が起きてしまうんだけど、それは幼い頃に弟を自宅の門で過失死させてしまったことからの呪縛で、スキー場で滑落したために意識と記憶を失ったものの呪縛は残っていて、自分を苦しめ、かつ身分と名前を偽ったため、同時に滑落した主治医殺害の汚名まで被せられてしまうという話。

 これに、絶世といっていいほどの美貌を備えながらも、真面目に診療と研究を続けることが当然だとする四角四面の女医が絡む。

 もちろん、イングリッド・バーグマンなんだけど、くそまじめで、なんのおもしろみもない女性ながら、実は、ペックにひと目惚れしちゃうわけだから、心の底では恋愛に憧れる女性だったんだろうなと想像できちゃうのがいい。

 ペックの呪縛はかなり深刻だけど、バーグマンの呪縛はかなり単純だ。恋も知らず、もちろん、男も知らずに医者になってしまったため、甘酸っぱくも苦しくかつ狂おしい緊張と焦慮と切迫をともなう体験もできず、ほんとうは悶々としているのに、それにすら気づかない天然娘なため、ひとたび恋を知ってしまうと、あとは彼のために雪山の危険な斜面にだって立っちゃうんだっていう、なんとも健気な行動派ぶりは、まあいってみれば、世の男どもの心をわしづかみにするような設定なわけで、誰もがペックになりたいと、当時、おもったことだろう。

 ちなみに、ヒッチコックは「理想の犠牲者はブロンド女。その美は、新雪に残る血の足跡に似ている」といってるから、雪山に立つバーグマンは、まさしく理想のブロンド女だったんだろね。

 ま、そんなつまらない感想はともかく、いまもいった背景を、バーグマンの視点で描いていく手法は、まさに心理サスペンスの教科書といってもよくて、記憶の断片と証拠の欠片とが徐々に明かされ、それと同時に、登場人物たちの心の綾が徐々に解けてゆく展開に加え、病院の禍々しさと雪山の恐ろしさと美しさが重なり合うことで、いっそう、面白みが増してくる。

 この映画が、以後の推理劇やSF劇にどれだけ貢献したか計り知れないけど、なんともため息をついちゃうのは、1945年に製作されたってことだ。

 終戦の年だよ。

 たまらんよね、まったく。

 なんたって、夢のシーンの装置を作ったのが、ダリ。

 ほんと、ヒッチコックとダリが組んで、バーグマンと映画を撮ってるとき、こちらは、生きるか死ぬかの瀬戸際にあったなんて、いやほんと、当時の日本が哀れにおもえてこない?

で、2021年12月01日にまた観たんだけど、すっかり忘れてた。恐ろしい。白い恐怖だ、まじ。ところでSpellboundの意味なんだけど、これ、バーグマンがペックに『魅了された』のもあるんだろうね。ところが、魅了された相手の署名を見たときに、別人じゃないかと怪しみ始め、Who are you?と尋ねるんだけど、この緊張した展開の数秒後、ペック自身が『ぼくが院長を殺してすりかわった』と告白しちゃうから観客は戸惑い始める。これがまた、Spellboundの『魔法をかけられる』のに通じるわけだね。

テーブルクロスにつけられたフォークの痕、鉄道の複々線、ベッドに平行に寄った皺、白い洗面台、こういう謎解きのかけらの小出しが徐々にペックの記憶を呼び起こすだけじゃなくて観客の興味と興奮も誘う。

なるほど、たいしたもんだ。

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