◇トイレット(2010年 日本、カナダ 109分)
英題 toilet
staff 監督・脚本/荻上直子
撮影/マイケル・レブロン 美術/ダイアナ・アバタンジェロ
音楽/ブードゥー・ハイウェイ フードスタイリスト/飯島奈美
cast もたいまさこ アレックス・ハウス タチアナ・マスラニー デイヴィッド・レンドル
◇ばーちゃん、幽霊?
またもや、見当違いなことを書いちゃうのかも。
『かもめ食堂』でも『めがね』でも同じことを感じたんだけど、
荻上直子の作品を観ていると、
深い山の奥にある湖のほとりに立ったような気分になる。
その湖面に石ころを投げると、綺麗な円形の波紋が立つんだけど、
それが周辺に溶け込んで、やがてふたたび静寂が訪れると、
湖は何事もなかったように、漣ひとつ立たなくなる。
つまり、
荻上直子の描いている世界はそれとよく似ていて、
整然と調和していたはずの世界に異邦人が入り込むことで、
ほんのつかのま、ざわめき、混沌とした世界になりかけるんだけど、
まもなく異邦人が世界に同化するのか、あるいは世界が異邦人の色に染まるのか、
ともかくふたたび調和の保たれた世界が復活する。
その世界は、湖の底に石ころが沈んだように、
以前とはやや違う世界になっているはずなんだけど、
でも、その新しい世界は何気なく見ただけでは以前とほぼ変わらない。
いや、変わっていないのかもしれないし、
変わったことがわからないのかもしれない。
そうした石ころを、荻上直子の常連になっている役者さんたちが演じてきた。
この映画でいえば、もたいまさこだ。
もたいまさこは、映画の中の兄弟のほんとの祖母なのか?
母親が連れてきたのは赤の他人なんじゃないのか?
いや、そもそも、もたいまさこは生きているのか?
兄弟たちにだけ見える幽霊なんじゃないのか?
だから、ご飯も食べないし、トイレも長いし、
寿司を食べてしまったことで、人間界から去らないといけなくなったんじゃないのか?
なんていう、あきらかに的外れな想像までしてしまうんだけど、
実をいえば、そんなことはどうだってよくて、
ばーちゃんという石がぽちゃりと落ちてきて、
静かに波紋を広げながらも、その家庭という名の湖に受け入れられ、
湖を構成するひとつの欠片となり、やがて湖はふたたび静謐に包まれる。
そういう話なんだから、
ばーちゃんの正体なんて、どうでもいい。
にしても、もたいまさこはどうしてあんなにお金を持っているんだろう?
いや、これは『かもめ食堂』でも『めがね』でもそうだった。
お金はどこからともかく湧いてくる。
そんな印象を受けるんだけど、
世の中、お金の出所なんてセコイことを考えてちゃいけないんだろうね、たぶん。
みみっちい観方しかできないのが、辛いところだ。