翠も日勤だから朝から病院だ。
さて郊外へスケッチに行こう。
ひとしきり描いていると昼過ぎだ。
ふと、しまった!と思った。
スカーレットレッドの絵具が切れている。
つまり朱色なのだけど、丸いものに立体感を与えるから下地に使うので消耗が激しい。
しまった!、と思ったのは絵具が切れたことではなく、買いにゆかざるを得ない画材屋にある。
つまり画材屋にゆくと、つかモッチャン家の明菜姉ちゃんがお店でバイトをしている頃だ。まだ高校が始まっていないから花の十七歳は確実に店にいる。そしてゆけば、隣のコロンビア珈琲でフルーツパフェのおねだりだろう。それがアチキの昼飯かぁー。ちと甘い物のお昼は悲しいのだが・・・・。
・・・
明菜姉ちゃんはフルーツパフェに食らいついている。
アチキはハンバーグ定食だ。
明菜「お昼食べてなかったね」
「食べてなかったではなく、食べるところがなかった」
明菜「うん、それはわかる。慇懃な眼で私の裸体を鑑賞しながらハンバーグにくらいついているもん!」
😆
「トホホ!、そう露骨に言わなくても・・・、君の裸体はクロッキー教室で拝見したよ」
明菜「私の身体!、彼氏がいつもクロッキーしてくれるの!」
「彼氏は羨ましい、いつもその美ボディを!!」
明菜「だってセックスする前にいつも私の裸婦を描くのよ!」
「それが男にとって最高の時間よ!。恋人の裸婦を描くのは、客観的に眺める瞬間と欲望の瞬間を行ききするところに愛情があるんだろう。世界の名画はそうやって生まれた。そうした極めつけはエドワルド・ムンク。彼の傑作『思春期』は恋人を描いたんだよ」
明菜「そういえば男と女が裸で抱き合っている『共鳴する叫び』なんて絶対モデルなんか描いていないよね。自分達の愛情表現だよ。だってデッサンが描写したのではなくつくっている感じだと思うんだ」
「でしょう・・・」
明菜「でね彼氏は、画家なんかやめてモデルになれっていうの。それも僕専属のモデルだって」
「それってプロポーズじゃないですか・・・」
明菜「そっかあ・・じゃ嫁にゆくかぁーー」
「いいなぁー、セックスの前に恋人の裸婦を描いて、客観的な頭と欲望の頭を行き来する感性が・・・。きっと画家の頭の中には、客観的に眺める行為と欲望の行為が連続していることの面白さがあるんだろう」
明菜「そっかぁー、彼氏は、そこに気がついたんだ」
「彼氏の、嫁ですね!!」
明菜「決まりですぅー!!」
これでつかモッチャン家の子供達はみんな婚約したんだ。一番小さい小春も含めて・・・・。
・・・
今年の小樽は、ことのほか雪と吹雪の大変多い冬だった。
それが終わったあとの安堵感が残る街である。
つかモッチャン家も、みんな片づいたというので安堵感だろう。
少し冷たい春の予感を感じながら家へむかった。
花の十七歳にあてられたから。夜は翠と激しく燃えよう。
・・・
春の生暖かい空気を感じさせてくれる小樽である。