首里城の焼けた跡です。
火災の規制区域が解除されたようです。
京の内(きょうのうち)の1番西側まで行き、書院・鎖之間(しょいん・さすのま)の近くに行けました。
地図と何度も見比べて、書院、奥書院、二階御殿(にーけーうどん)が焼けて、その奥にある美福門の屋根が見えています。
左のコンクリートの建物は黄金御殿(くがにうどん)のようです。
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正殿のあったところには、大龍柱が残っています。後ろに見えるのは、女官居室(にょかんきょしつ)と世誇殿(よほこりでん)。
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南殿(なんでん)を見ている人たち。
声も無く痛々しいです。
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京の内の物見台や西のアザナからは、城下町や慶良間(けらま)諸島も見えて気持ちがいい。
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モデルコースも4種類ありました。
朝には修学旅行生もたくさん来ていました。
この子たちが次に沖縄に来る時には、どうか再建されていますように。