沖縄での一人暮らし

延べ8年間、沖縄で一人暮らしをしました。歴史・自然・文化を伝えます。

石畳の道

2006-11-28 | 琉球・首里城
首里城は高台にあります。
ここは、その南側にある金城町です。金城ダムの近くです。
小さな子が駆け寄ってきて、「こっちへ来ないデー。」と言いました。
でもおじちゃんは行かなくちゃ、ならんのです。

今日も日が暮れていきます。

日没を見て、さっきの子もいなくなったので石畳に向かいました。
明かりがついた古い村屋です。休憩できます。
女性二人連れが自転車に乗った男の子に「石畳の道はどこでしょうか。」尋ねていました。
「すぐそこです。案内しましょうか。」という返事に驚きました。
小さな女の子の方が素直だと思うけど、小学生でもうお客さんを案内する大人になっています。

この金城町の石畳の道は、500年前の琉球王国時代に造られました。
この坂道を登ると首里城にたどり着きます。
当時は王府に向かう重要道路で、今は観光客でにぎわう道です。

右側にある家は、どこかで見たような…。
「ちゅらさん」の那覇の家として、撮影に使われたそうです。

朝のみんもんたを見ていたら、合間のCMで、ちゅらさんの「ゆがふ」の店長が、マツモトキヨシ2号店をPRしていました。
藤木勇人さんは、沖縄では有名な人だそうです。
番組では店長役でしたが、同時に、「やさしい沖縄言葉」の指導をしたようです。

家族に見送られながら、こっそり家出をするえりぃが下る石畳の道。
タクシーの中から見送る父の風景です。

名護の街並み(3)

2006-11-22 | 名護市
夕陽が沈んだ後も、しばらく海岸にいました。
空に青さが戻り、雲が夕焼けに赤く染まる時があります。
写真より、もう少し青い空でした。この青と赤の色合いがいいです。

東の方の雲は、やや赤く色づいています。山の暗さと灯りと赤い雲がいいです。

などなど、しばらく風に当たっていたら、なんだか熱燗をいっぱいやりながら寿司が食べたくなりました。
(コーレーグースに冷奴を企画していたのですが。)
近くの店を探していたら、TSUTAYAの2階に店がありました。
海産物・居酒屋 大漁屋さん。寿司もいただけそうです。
こっち来て、一人で居酒屋に入るのは初めてです。

カウンターで熱燗と江戸前をいただきました。
にぎり上で1050円とは安いよね。熱燗1合500円は少し高めかな。
日本酒はあまり注文が出ないのかな。
「熱いから気をつけて。」というけど、下の方を持てばぜんぜん熱くないよ。

お好みを追加しました。お酒も追加。
「ワサビいいですか?」と聞かれました。
確かに、他の注文を聞いているとサビヌキが多い。
沖縄の人はワサビ嫌いなのかな。

お好みも追加しました。
「イカと、これカンパチ?」と聞いたらブリでした。美味しかったです。
「イカにシソを巻いていいですか。」と聞かれ、食べてみました。
さらに、「サーモンとイカを追加。」です。「今度はシソなし。」で。
「サーモンは脂のったところでいいですか。」と聞かれ、うなずくと大きいのが出てきました。

びっくり。思わず写真を撮らせてもらいました。
「サービスです。」と言われました。
イカを改めて注文したので、マスターが気にしてサービスしたのかな。
そうだとしたら、単なるイカ好きの私としては、うれしい誤解。
なんか、とってもうれしいね。イカで大サーモンが釣れたね。

ここのマスターは外見に寄らず、まだ28歳だそうです。
熱燗3合と寿司18個、お吸い物とお通しがついて3300円。満足です。
飲酒して自転車に乗ると「酒酔い運転に該当する」らしいので、気をつけて帰宅しました。

名護の街並み(2)

2006-11-21 | 名護市
名護岳(345m)に続く道を、自転車を押して上がりました。
オオシマゼミ が、合唱しています。沖縄のセミは元気です。
この大きな森が、名護の街に豊富な地下水を供給しています。
オリオンビールも、この美味しい水を使っています。
白い塔が並んでいるのがオリオンビール名護工場です。

苦労して登っていたら、道路に突き当たりました。県道18号線です。
この道を後方へ進むと、太平洋側に出ます。
普天間基地の代替施設として話題の辺野古(へのこ)は、このずっと先にあります。

しかし、日も暮れかかっているので、水は低きに流れるが如く、自転車も低きに流れます。
あっという間にバイパスまで来ました。
歩道橋の上から、北の方を見ています。
左の建物が、表紙の写真では中央の高い建物です。

ここから左側は、海岸を埋め立てています。
消防署、港、公園、市民会館などの公共施設や大型店、ホテルなどがあります。
したがって、海岸堤防があります。埋め立てると、サンゴの沖縄でも海岸堤防が必要になります。
夕陽を見る人たちです。

今日も、きれいに東シナ海に夕陽が沈んでいきました。
車が次々とやってきて、若い人たちがケータイで写真を撮っています。


名護の街並み(1)

2006-11-20 | 名護市
今日は名護の街をサイクリングです。
上の写真は、名護十字路のアーケード。
ブーゲンビリアがきれいです。
11月・12月と春先の年2回、アーケードで咲くそうです。
この店はオリオンビール名護工場の直ぐそばにあり、生ビールが美味しいという、うわさです。

この辺りには公設市場もありますが、日曜日なので、多くが閉店していました。
街中の居酒屋さん。
そうか、名護は日本ハムのキャンプ地だったのだ。

川沿いの家具・建具製作店。
がなはって「私は那覇。」の意味かな。いい名前だね。
サッカー日本代表の我那覇選手。期待されていますね。

この辺りは城(グスク)という地名。古い家並みです。
木造の家は、減ってしまいました。
この家は、塀が二段になっています。由緒ある家かな。
門の内側にある仕切り屏のことを、ヒンプンといいます。
ヒンプンは、外からの目かくしという実用的な役目と、外から魔が入ってくるのを防ぐという、意味があります。
表札はありませんでした。

この辺りは、東江(あがりえ)です。市中心部の東端にあります。
川があり、東の入り江の意味でしょう。
川沿いにヒンプン・ガジュマルと呼ばれるガジュマルの大木があります。
国の天然記念物です。
樹齢300年。街の入り口で、魔よけのヒンプンです。
ヒンプンとヒンプンガジュマル

パパイヤ・カレー

2006-11-19 | 料理
冷蔵庫の奥に、青パパイヤがあった。
青パパイヤは、千切りにして炒めて食べるのが定番ですが、結構硬いので、千切りには力が必要で大変です。
それで、そろそろ食べたかった、カレーの具にしてみました。

中はこんな感じです。タネはまだ成長していません。
このまま熟したら果物になるのかなあ。でもそんな気配ないし。

青パパイヤ自体は、味があまり無いことを思い出しました。
それで、ニンニク、唐辛子輪切りを油で熱して香り付けした後に、タマネギと一口大に切った青パパイヤを加えて炒めました。

ここで、ルーを作ればいいのですが、それには材料が無いので、ここから市販のカレー粉を使った普通のカレーになりました。
ジャガイモのように見えるのが青パパイヤです。シーチキンも加えました。
もう少し煮込むと、ジャガイモのように柔らかくなるのかなあ。
それをパパイヤに求めるのは無理かな。
適度な歯ごたえがあり、野菜カレーとしてよかったです。さらに追求しよ。

サラダとか、スープもついていますよ。
デザートは、ヨーグルトにミカンとスターフルーツです。

デジカメが壊れた

2006-11-15 | 生活
2年間愛用したキャノンのIXY(イクシー)Lが、突然撮影できなくなった。
撮ろうと思った大事な場面で故障に気づいたので、あわてました。
沖縄で直るのか、それとも東京で頼んだ方が修理が早いのかと、Webで調べ電話すると、新宿に即日修理が可能なQRセンターがあるという。

早速、行って見ました。

新宿の三井ビルの入り口にある、キヤノンデジタルハウスの一角にあります。
デジタルハウスは、おしゃれなショールームですが、QRセンターの方がお客さんが多いです。
アクセスがいいせいか、お年寄りや車椅子の人などいろんな人が来ていました。

QRセンターとは、Quick Repairの略で、即時修理の意味らしい。
サービスセンターのイメージは、どこも暗い感じでしたが、ここは、明るい、親切、丁寧、早い、結果がよいで満足です。

番号カードを取り、しばらくして相談すると、交換部品が長期在庫切れという。
沖縄から来ているのに、修理に時間がかかるのかといやな予感がしたのですが、
「修理代をいただければ、1時間後に後発機種の新品と交換します。」という。

「修理が終わったら、返すことはないのか。」と念のために聞くと、「それはない。」という。
あまりに気前がいいので、「何か、この機種はトラブルがあったのですか。」
と疑うと、「そんなことはなく、修理でお待たせしてはいけないので、新品と交換させていただいている。」という。
修理しても寿命がある。2回もバージョンアップした3万円相当のIXY・L3(上の写真)を、8千円弱で入手できた。
なんか、いい日でした。キャノンに感謝。

中城城跡

2006-11-10 | 琉球・首里城
琉球王国のグスク及び関連遺産群は、2000年に9箇所が、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。
これらについては、次のサイト沖縄の世界遺産/沖縄の歴史・沖縄の文化が、動画で見れて判りやすいです。

これまで、首里城跡、園比屋武御嶽石門、斎場御嶽、座喜味城跡、勝連城跡について、紹介してきました。
6箇所目が、中城城跡(なかぐすくじょうあと)。- 中城城跡

三山統一の琉球建国に尽力し、その後、北山の動きを見張るため座喜味城にいた護佐丸。
今度は、王府に謀反しそうな勝連城主の阿麻和利の動きを牽制するため、琉球王府の命令を受け、ここに築城し移り住んだものです。

護佐丸の悲劇(1458年)
「護佐丸が、琉球王府を攻めようとしている。」という阿麻和利の虚言を、琉球王府が信じてしまい、護佐丸は阿麻和利によって滅ぼされてしまいました。
琉球王府の旗を掲げ攻めて来る阿麻和利を見て、国王に忠誠を誓う護佐丸は自害したといわれています。
邪魔だった見張り役の護佐丸を滅ぼした後に、阿麻和利が首里城に侵攻した事実を考えると、護佐丸は無実が晴れたとはいえ、無念だったでしょう。

こうした史実に思いをはせながら、城を登ります。
沖縄のグスクは、高台にあり、雄大な景観と海が広く見渡せることが特徴ですね。
このグスクから見える海も素晴らしいです。

何か工事をしていました。
良く見ると、石一つ一つに番号を振っています。
門のアーチを修理するために、こうやって一つずつ、丁寧に石を外して、アーチの修理後に、再び組み立てるんですね。

修復され、550年を経過した今でも、多くの人に見てもらえて、護佐丸も喜んでいると思います。


島の幸

2006-11-09 | 沖縄の食べ物・飲み物・泡盛
お気に入りの慶佐次の共同売店で、島の恵みを入手しました。
島バナナ。沖縄で採れるバナナは”島バナナ”と呼ばれますが、地元では”イスラエルバナナ”と呼ばれたりします。
先日の海水で作ったバナナよりも、小振りだが実の数が多い。
なお、海水で作るという意味は、海水をかけると害虫防除になるそうです。

少し痛んでいるように見えますが、中身は全く大丈夫でした。熟すまで2-3日待ちます。
みかんも、色は様々でワイルドです。1個15円。

今日の目玉は、海ぶどう。500円だったと思う。結構分量が多いのに安いです。
この分量で、3-4皿分はあります。
ワサビ醤油でいただきました。海の幸に感謝です。

勝連城跡

2006-11-07 | 琉球・首里城
座喜味城跡とは反対側の太平洋側にも、世界遺産があります。
沖縄の中部で東南に突き出た半島にある勝連城(かつれんグスク)。

この立派な城を造ったのは、按司(あじ)の阿麻和利(あまわり)です。
海に面する絶好の立地条件を生かし、東アジアや大和との貿易を精力的に行い、大きな勢力を誇りました。
城跡からは、外国製の陶磁器類が数多く出土されています。

阿麻和利は、琉球建国(1429年)の三山統一の挙兵には加わらなかった上、大きな富を蓄えていたので、琉球王府の存在を脅かす危険な存在でした。
阿麻和利をけん制するために、首里城の琉球王府は、座喜味城から護佐丸(ごさまる)を呼び、近くの中城(なかグスク)城に配置しました。

すごいところに城を作ったものです。
海が良く見える上に、突き出た半島に位置しているので遠く沖縄南部まで見渡せます。

一番高い場所で「一の曲輪」と呼ばれるところからは、大和系の瓦が大量に出土したそうです。
当時、瓦をふいた建物は、首里城、琉球を統一した中山王がいた浦添城、そして勝連城だけといわれています。

野心家の阿麻和利は、1458年にライバルの護佐丸を倒し、首里城を攻めたが、王府軍に滅ぼされたとされています。
護佐丸との戦いは、二童敵討(にどうてきうち)など、琉球の総合芸術である組踊に残され、今に伝えられています。
首里城で中秋の宴
グスク紀行:中城・勝連・座喜味城跡

東シナ海に沈む夕陽

2006-11-06 | 沖縄の海
三連休の最後の日、海洋博公園に行って来ました。
沖縄では、こんもりした森があると11月でもセミが鳴いています。
とても、いい天気でした。

夕陽が西の空に輝くとき、太陽の光と海に反射する光とが合わさって、とても眩しいです。
昼間よりもまぶしいような気がします。
海洋博公園は18時で閉園ですが、日没は17時45分頃でした。
雲もなく、東シナ海に夕陽がきれいに消えていきました。
海に沈み始めると、速度を上げて早く落ちていきます。
線香花火が、最後にポトンと落ちるようです。

しばらくして、暗闇が訪れます。
海の向こう側にある伊江島に、明かりが点灯します。
手前の光は公園の駐車場です。
この風景も、気に入っています。

昨日は満月で、帰りに東の空を見上げると、ウサギの耳が見えました。

過去の夕陽の記事
落陽
夕陽と船
東シナ海の夕陽

座喜味城跡

2006-11-05 | 琉球・首里城
読谷(よみたん)村の座喜味城跡(ざきみじょうあと)に行ってきました。
世界遺産です。 座喜味城跡 世界遺産

琉球王国は、1429年に、三山(北山、中山、南山)が統一され建国されました。
それ以前は、按司(あじ)と呼ばれる権力者が、群雄割拠していました。
中でも護佐丸(ごさまる)は有名な按司で、北山の今帰仁城を滅ぼすなど国家統一に大きな功績を残しました。

座喜味城は、15世紀初頭、護佐丸が築きました。
護佐丸は優れた築城家といわれています。
城作りの人集めは強引だったようで、近隣の島々では、泣く子供に「護佐丸が来るぞ。」と泣き止ませたそうです。

樹木に囲まれた小高い丘の上に城はありました。
東シナ海が、よく見えます。
ここに城を築いて、北山や中山の動きを眺めていたんだなあ。

城の周辺は、景観に配慮した街づくりをしています。
静かで落ち着きのあるところです。
残波岬や琉球村の近くですが、ガイドブックにもあまり掲載されておらず観光地化されていないみたいです。

コーレーグースのつくり方

2006-11-04 | 料理

コーレーグース。沖縄料理には欠かせないです。
唐辛子を泡盛に漬け込んだもので、辛さが美味しい。
最初は沖縄ソバにかけるだけでしたが、ゴーヤーの和え物に振ったり、実に多用途なのがわかりました。
お店で買ったコーレーグースの残りが少なくなってきたので、自分で作ってみることにしました。

唐辛子の乾燥したもの。東村慶佐次の共同売店で100円。
半分飲んだ泡盛。度数は30度以上のものがよいそうな。

ビンの中に入れていきます。
ヘタも取らなくてよいみたいです。
作業はこれだけです。特に難しくありません。

完成です。
3分の1くらいの分量が適量だそうです。
1-2ヶ月で出来上がりだそうです。
唐辛子が赤いうちは、泡盛を継ぎ足せるそうです。

水に唐辛子を入れると、薬を使わない害虫よけになるそうです。
知恵があるね。


国際通り・リヤカー

2006-11-03 | 沖縄のくらし
国際通りの公設市場は、那覇市が出店者を公募している。
空きスペースが出た場合のようだけど。
公設市場空き小間の出店者募集 那覇市
20~60歳までの年齢制限があるので、高齢者には厳しい条件だね。

でも元気良くリヤカーを引いて、野菜や果物を売っていました。
たくさん野菜が並んでいるぞ。
オクラ大袋で200円。買い!だね。サラダにしよっと。
ヘチマ4本で150円。買い!だね。ナーベラーつくるぞ。
大きなビニール袋に入った葉物がある。「エンサイですか?」と聞くと、
「味噌汁に入れると美味しいよ。100円。」という。買い!だね。

市場の中と異なり、控えめだ。
全部売れても、数千円にしかならない。
「写真を撮らせてもらっていいですか?」

どこかで見たことがある方だなあと思ったら、1ヶ月前に来た時は、イスに座ったまま寝ちゃってた人だ。
のんびりと時間が流れているね。
近所でどれた野菜かなあ。今度はもう少し話をして見よっと。

ということで、本日も沖縄料理三昧です。
左上は、島ラッキョウ。
右上は、ナーベラー・ンプシー。
左下は、オクラのカツオ節和えとごはん。
右下は、エンサイの味噌汁。
おいしーいです。感謝です(^^♪

国際通り・市場

2006-11-02 | 沖縄のくらし
国際通りの中央にある公設市場。那覇ナビ
ここには、沖縄の元気がある。
戦後、沖縄の市民は収容所に入れられ、居住地は米軍に接収された。
やっと戻ってきても、国際通り周辺の、当時は劣悪な場所に住まざるを得なかった。
川沿いで市民による闇市が始まり、それが牧志公設市場につながった。
そして、庶民の台所となる。安い。

入り口の漬物屋さん。
元気なおじさんが、島らっきょうを勧めてくる。
「200gには、黒糖の飴をつけるよ。」
100gで400円。塩漬けとキムチ漬けがある。
背広姿では観光客と思うだろうな。
「うーん。帰りに寄るからね。」

2階の食堂街は混雑だけど、中華料理店はガラ空き。
中華料理食べ放題500円。ここにしとこ、と座った。

大根モチ、チャーハン、フーチャンプルー、沖縄ソバは美味しい。お代わり。
青野菜はカラシ菜かな、苦い。難関はテビチ。一つにしとこ。
店の人のサービスはよく、アイスコーヒーもついてますよ、と聞いて、おぉと喜んだけど、紙コップで飲むというのは、合理的というか、なかなかのもんだよね。
ここでは、闇市の元気さが健在だねー。

元気をもらったので、漬物屋さんで、ちょっと交渉してみました。
「さっきの話だけど、飴より別のものだといいんだけど。」
観光じゃなく、沖縄に単身赴任と聞いて、おじさん、にわかに漬物つかんでビニール袋に入れ始めた。
「洗わずに、このまま切って食べればいいんだよ。」
おじさんの意図を察して、あわてて「お釣りはいいから(1000円払うから)。」といったのに、お釣り200円もくれた。
あぁ、飴が漬物に置き換わってしまった。なんだか悪いような。

「みのる漬物店、宣伝しておくからね。ありがとう。」
きっと、今まで苦労してきたんだろうなあ。
庶民の台所だね。