「天蓋(てんがい)」とは、仏像の真上や 僧侶の頭上に飾られた
笠のことだが、虚無僧の被(かむ)りものも「天蓋」という。
虚無僧の「天蓋」は、籐編みのバケツのような筒型。虚無僧独特の
ものだが、いつ 誰が あの形を考案し、被ったのか、判らない。
『虚鐸伝記国字解』には「虚無僧の祖は“楠木正勝”として、
天蓋を被った虚無僧の挿絵が描かれている。しかし、この書は
江戸後期の1795年に出版されたもの。
室町時代から慶長(1596~1615年)の頃までに描かれた「薦僧
(こもそう)」は 天蓋は被っていない。
江戸時代初期 1650年頃に刊行された『一休諸国物語』は
「一休が普化僧となって」とあるが、「天蓋」は被っていない。
岩佐又兵衛(1578〜1650)の描いた「池田家伝来・樽屋屏風」では
三角の浪人笠(烏追笠に近い)を被った「薦(こも)の図」が
描かれている。刀も差している。
元禄3年(1690)刊行の『人倫訓蒙図集』でも、一人は禅僧の法衣に
網代笠、一人は 道服に袈裟をかけて、三角の浪人笠(烏追笠に近い)
である。
『嬉遊笑覧』に「薦僧の笠、享保(1716-1735年)より、小ぷりにて
深く作ると言えり。されど、寛政(1789-1801年)頃の江戸絵には、
物見の穴あきたる笠にて形は裾広なり。(筒型に)深く蒼みたる笠は
宝暦・明和(1752-1771年)の未の頃の絵よりみえたり」と。
つまり、現在の「天蓋」のようなものは、1750年以降で、さらに、
顎までかくれるようになったのは、天保、弘化(1830~1848年)の頃と、
考えられる。もう幕末だ。
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