浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

NHK受信料でカラオケ

2015-04-15 21:44:26 | メディア
 籾井「受信料は、僕らの財布」って言ってるみたい。

http://news.tv-asahi.co.jp/news_politics/articles/000048442.html

民主党・藤末健三議員:「夜中の1時半のカラオケっていうのは、業務といえるかどうか」
 NHK・籾井会長:「お世話になった方と最後の打ち上げに行ったのは、事実でございます。ただしですね、カラオケと書いてありますが、カラオケ屋しか開いてなかったんですね。そこで曲は1曲も歌っておりませんし、本当に普通のお店は皆、閉まってたんですよ。『年の終わり』に、あるいは『年の初め』と言いましょうか、乾杯をしたと」
 籾井会長は去年12月31日の紅白歌合戦終了後、元日の午前1時半に関係者とカラオケ店で打ち上げを行っていたことを認めました。そのうえで、「受信料のなかからしかるべき予算を得て、その範囲内で処理した」と述べ、「問題ない」との認識を示しました。
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安倍政権のメディア統制

2015-04-15 21:33:30 | メディア
 安倍政権は、外国のメディアや教科書に対しても圧力をかけているが、言うまでもなく、日本のメディアに対しては当然の如しである。といっても、ほとんどのメディアは、飼い犬よろしく吠えもしないので、政治権力としては圧力をかける必要がない。しかし時に楯突くメディアがあると、すぐに圧力をかける。

 NHKとテレビ朝日が、自民党から呼ばれているそうだ。

http://lite-ra.com/2015/04/post-1029.html
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日本の評価

2015-04-15 21:07:26 | 社会
 ドイツの日本特派員が、ネトウヨたちが非難するようなことを書くと、日本の外務官僚が彼を昼食に招いて懐柔しようとしたり、ドイツの本社にも抗議に来たり、という体験を記していたことは先日紹介した。

 そしたら、もとイギリス大使がそれに関しての論評を加えている。Japan   Times 紙である。

http://www.japantimes.co.jp/opinion/2015/04/14/commentary/japan-commentary/japans-prickly-revisionists/#.VS4xwvAzKig

 最初だけ訳出する。

 外国の批判にひどく反応する右翼政治家たちは、おそらく彼らが嫌悪している外国人の意識に対して無神経である。彼らは、日本をあらゆる面で賞賛しない外国人、日本の歴史に暗黒の時期があったことを指摘する外国人を「Japan Busher」(日本を非難する人々)、あるいは「日本の敵」とみなしているようなのだ。この態度は、日本の国益や評価にとって有害である

 私は、東京にある外国特派員協会の機関紙の最新号に掲載されたドイツの「フランクフルト・アルゲマイネ・ツァイティング」特派員の最後の記事を読んでショックを受けた。同紙は、センセーショナルな記事を載せるようなこともないきわめて上品な誠実なメディアで、いつも事実確認を怠らない。

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戦争が終わっても

2015-04-15 10:56:10 | 近現代史
 ボクは今、イアン・ブルマの『廃墟の零年 1945』(白水社)を読んでいる。

 その第一部、「解放コンプレックス」を読み終えたところだ。その構成は、「歓喜」、「飢餓」、「報復」である。
 
 1945年5月にヨーロッパで、8月にアジア太平洋での戦争は終わったのだが、しかしそれは年表上のことであって、戦争につながる事態はずっと続いていたのだ。

 「歓喜」は、戦争が終わり、占領軍が入ってくる。そこでは、男たちの自信喪失とともに、勝者へ女性たちがまとわりついた。そして出産。

 いやそれだけではない。占領軍による強姦がどこでも起きた。とくにソ連軍による強姦がドイツでも、「満洲」でも、頻発した。

 そしてユダヤ人難民キャンプでも、出産が増えた。「セックスは単なる快楽ではなかった。絶滅に対する抵抗だったのである」ということばがあった。
 「飢餓」については言及するまでもない。世界中、戦争直後、人々は飢餓に見舞われた。もちろん一部の権力者にはそういう体験はなかったが。


 「報復」には、凄まじい事実が記されている。戦争が終わっても、ヨーロッパ中で「報復」が行われていた。その記述は、凄まじいと言うしかない。ヨーロッパではヒトラーが自殺して、戦争は終わりましたよ、ということばは、現実によって踏みしだかれる。
 1945年、戦争が終わっても戦後の秩序は成立せず、政治権力も弱体であった。そういう状況の中、「報復」という、国家、民族、イデオロギー、敵味方・・・など、何らかの区別によって、庶民同士が奪いあい、殺し、強姦し・・・・とにかく「報復」の嵐が吹き荒れた。

 何年何月に戦争は終わった、ということばが、空しくなるような内容である。今そのつづきの「帰郷」を読んでいるが、ここにも絵を背けたくなるような事実が並べられている。

 人間とは何か、を問わざるを得ないような事実が、次々と示されていく。
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原発を再稼働してはならない

2015-04-15 10:40:55 | 政治
 福井地方裁判所が画期的な仮処分を決定した。原発は絶対的に危険であることは、福島第一原発が証明した。行政や電力会社や、原子力村の住人(学者など)が何を言おうと、すでに原発はとてつもなく危険であること、そして一旦事故が起きれば取り返しのつかない事態が惹起されること、そして事故後の収拾にはまったく目途が立たないことなど、これらは証明されているのだ。

 『中日新聞』の再稼働差し止め仮処分決定の記事を熟読したが、そのなかでもっとも滑稽だったのが、京都大学原子炉研究所の釜江克宏副所長の談話だ。「決定は科学的根拠に乏しい」という内容だが、「科学ではなく個人的な持論が展開されて」いる、「「いいかげん」と言わざるをえない」などと、ケチをつけている。しかし、「科学的根拠」をもとに技術を積み上げてできたのが福島原発やそれ以外の原発であり、それらは福島原発のような大事故ではなくとも、何度も何度も大事故に繋がる可能性をもった事故を起こしてきたではないか。

 絶対的に危険である原発は、再稼働させてはならないし、廃炉にしていかなければならない。

 仮処分決定は、当たり前のことを、樋口英明裁判長が述べたに過ぎない。

 ボクはいま「晴耕雨読」の日常であるが、福井県の原発が事故を起こしたら、「晴耕」はできなくなる。日常を奪われないようにしていきたい。
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