日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

視聴率とチャリティー番組

2019-08-26 21:34:10 | 徒然

毎年、8月最終の土曜日の夜に放送される番組がある。
日テレ系の「24時間テレビ・愛は地球を救う」だ。

我が家にテレビがあった頃から、この番組を見ることが無く、一体いつ頃から見なくなったのだろう?と、思い返しても記憶にたどりつけないほど随分前から見ない番組になっていた。
見なくなった理由を考えるのだが、考えられる理由は「なんとなく、おもしろくなさそうだから」しか思い浮かばないのだ。
すっかり忘れそうになっていた番組を思い出させたのは、NHKのE-テレ「バリバラ」だった。
そして今年も、キッチリ!(というべきか?)裏番組を生放送でしていたようだ。
NHKE-テレ バリバラ:2.4時間テレビ愛の不自由、

E-テレの「バリバラ」が、24時間テレビに疑問を呈したのは「チャリティーを感動ポルノにしているのでは?」という、指摘からだった。
「感動ポルノ」の要素には、障害者に対する健常者の「上から目線」だとか「他人事でしか見ていない」などがある、という指摘だったような記憶がある。
人間というのは、自分勝手なところがあり「自分とは関係が無いからこそ、安心をして他人の不遇からの脱出」に、感動を覚えるということだ。
この指摘については、「ごもっとも!」としか言いようがない。
何故なら、私自身がこのような感動を得やすいところがあるからだ。

このE-テレが問題提議をしたことによって「24時間テレビ」という「チャリティー番組」そのものに向けられる生活者の視点が変わった、というのも事実だろう。
その一つが、「チャリティー番組なのに、出演者はギャラをもらっている」という指摘だ。
「ボランティアでの出演ではない限り、出演依頼があれば仕事としてギャラが支払われるのは当然」という考えもあれば、「チャリティーを目的としているのなら、その趣旨に賛同をしてボランティアとして出演すべきだ」という考えもある。
そのどちらが正しくて、もう一方が間違っている、と言い切ることは難しいところだと思う。

しかし、このような「チャリティー番組」に視聴率というものまで、関係しているのだとしたら「どうなのだろう?」と、思ったのだ。
今日のYahoo!のトピックスに、「3冠危うく視聴率稼ぎ 24時間テレビ『不要論』日テレ内外から」という記事があったからだ。
元となっているのは日刊ゲンダイなので、どこまで信憑性があるのかは疑問なところが無いわけではないのだが、もし、本当に「視聴率」というものを重視していたのだとすると、E-テレが指摘をしていた「感動ポルノ番組」と指摘されても仕方ないのでは?という気がする。

チャリティーを目的とした番組であれば、提供スポンサー側からも何らかのCMなどの放送料とは別に何らかの協賛金のような提供があるのでは?
逆に言えば、視聴率とは関係ないからこそ、通常のテレビ番組では取り上げにくい身障者の方々や社会的に問題を抱えている人たちを取り上げ、社会的理解を求めるということができるのではないだろうか?
チャリティー番組とは、そのようなものであってほしい、と思っていたのだが、放送局側としては「視聴率稼ぎの番組」の一つだと考えていたようだ。

「視聴率を重視」ということになると、もはや「チャリティー番組」という社会的目的が変わってしまうのでは?
確かに視聴率が高ければ、スポンサーに対して次年度のCM放送などの営業はしやすくなると思う。
思うのだが、それだけでスポンサー企業は協賛しCMを流しているわけではないはずだ。
「チャリティー番組にCMを流す=社会的問題にも意識が高い企業」という、イメージ付けを生活者にしやすいというメリットもあるはずだからだ。

もし、「24時間テレビ」の視聴率云々をテレビ局側がするようであれば、それはとりもなおさず「感動ポルノを提供しています」という、事になるのではないだろうか?