
調べてみると、どうやら垂井町にある南宮大社の大鳥居だったことが分かり、岐阜からの帰路に参拝してきました。

先に神社に到着してしまいましたので大鳥居は後になってしまいましたが、神社としても大鳥居に負けずに立派な神社でした。
大社と名が付いていますから格が高い神社なのでしょう。滋賀県でいえば多賀大社などが大社になっていますね。

この南宮大社は旧国幣大社とされていますが、“旧国幣大社”というのは社格では神祇官が祀る官幣社の次の社格で国司が祀る神社だそうです。
美濃国の一宮の神社とされていますから、美濃国(岐阜県南部)で最も社格の高い神社だそうです。

御祭神は金山彦命 (かなやまひこのみこと)で、神話では伊勢神宮の天昭大神(あまてらすおおかみ)の兄神に当る神様だそうです。
建物は関ヶ原の合戦で焼失したものを徳川三代将軍の家光が再建したとされています。

境内には「さざれ石」という巨石が置かれていて“国家に詠まれている「さざれ石」”と書かれてありました。
「さざれ石」とはなんぞやか?ということになりますが、学名は“石灰質角礫石”といって、石灰分を含んだ水が粘着力の強い乳状体になり、地下で小石を集結して長い年月をかけて大石になったものだそうです。(さざれ石の巌となりて)

さてあの大鳥居はどこにある?ということなんですが、結構離れた場所にありました。
高さは21mということですから遠くからでもよく見えたんでしょうね。

南宮大社は関ヶ原の合戦場に近い場所にあって、神社のある南宮山には合戦時に西軍大将の毛利輝元の代理で毛利秀元が参戦していたとされていて、陣所の石碑もあるそうです。
毛利勢らは出陣することなく合戦を終えたそうですが、この時の話は「宰相殿の空弁当」(さいしょうどののからべんとう)と呼ばれる話に詳しいようです。