hiyamizu's blog

読書記録をメインに、散歩など退職者の日常生活記録、たまの旅行記など

母 (5)救急車で入院

2007年09月19日 | 個人的記録

退院した92歳の母を自宅で介護していた。

この日も母は、朝5時に起きて、相変わらずバタバタしていた。女房が行ってみると、紙オムツの上にパンツを3枚重ねばきし、片方の足に靴下を2枚はき、もう片方は何もはいていなかった。
夜は夜で、12時頃音がするので部屋へ行ってみると、布団を半分たたんで、座り込んでいた。助けながら立ちあがらせ、トイレに行かせた。何のかのと話をしたがるのを、遅いからとか、俺も眠いからと言って、寝かせつけた。このとき、以前吐血したときと同じ色のシミがシーツにあるのに気がついたが、極少量なのと、以前のものがまだ残っていたような気がして、そのままにした。


夜中の1時ごろ、バタンと大きな音がした。起きていて使用中のパソコンを終了している間に、またゴッツンという音がしたので、あわてて掛けつけた。部屋の出口の所で頭を押さえていた。触るとこぶが出来ていて、本人が少し痛いというので、痛いなら大きな問題はないと思い、そのまま寝かせた。その時、吐血の跡が、掛け布団の襟カバーに手形くらいの面積で付いているのを発見した。2階にあがり、目を覚ました女房に吐血があったことを知らせ、明日前に入院した病院に行くことにした。このあと、女房は寝られず、起きてしまった。

朝5時に病院へ電話したら、9時に電話するように言われ、9時に電話したら、当直の先生が、今日は休日で検査ができないから、救急車を呼んで、他の病院へ行くように言われた。119へ電話すると、10分ほどで救急車が来た。

救急車に乗ると、隊員の方が搬送先の病院を求めて、電話している。どの病院も、92歳と年齢を聞くと、ベッドが空いていないなどと断ってくる。隊員の方は八方手を尽くしてくれたが、受け入れてくれる病院を探すのに、45分もかかってしまった。
今すぐという緊急性のない状況ではあったが、電話してから10分ほどで来て、家の前で45分も停止したままであった。懸命に学び、必死に働き、そして日本で年取ると言うことは、こう言うことなのかと暗澹たる思いだった。

結局、車で30分ほど離れた病院が受け入れてくれて、入院することになった。転んで頭を打った話しをすると、医者はそちらの方が心配ですねと言った。CTスキャンの結果は「内出血などはなく問題ない、もちろん歳ですので萎縮してますが」との事であった。

入院したが、夜中にウロウロしたり、他の人のカーテンの中をのぞいたりするようで、看護婦さんから「他の人が寝られなくて困っています」と苦情を言われた。次のとき病院へ行ったら、車椅子に縛られていた。そのうちに、病室にはおらず、ナースステーションに居るようになった。ただ、じっと座っているだけで、ご飯も口をこじ開けるようにやっと食べさせるような状態になってしまった。どうもウロチョロするので薬漬けにされているように思えた。
どの病院も断られてようやく入って病院なので、怒りを無理やり納めた。女房にお願いされて、医者に心づけをした。

病院内を車椅子を押して見て周り、咲き始めた桜が見える窓のところに行った。「ほら、桜が咲いているよ。きれいだね」と言ったが、なんにも言わない。
早く退院させたかったが、足にむくみが出て入院が長引いてしまった。

不運が重なったがようやく朗報が飛び込んできた。家から車で15分くらいの新設の老(介護老人保施設)に入所できることになったのだ。開所前に申し込んであったのが良かったようだ。

続き、母(6)

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