藤野可織著『爪と目』(2013年7月新潮社発行)を読んだ。
芥川賞受賞作の「爪と目」と、「しょう子さんが忘れていること」、「ちびっこ広場」、3編の短編集。
「爪と目」
はじめてあなたと関係を持った日、帰り際になって父は「きみとは結婚できない」と言った。あなたは驚いて「はあ」と返した、
こう始まるのだが、「あなた」と「きみ」は父の不倫相手であり、「あなた」と呼んでいるのは、父の3歳になる娘で、「わたし」として小説の語り手になっている。
「わたし」は母親をベランダに締め出して死亡させたことが匂わせてある。父は半年の試行期間ということで女と同棲する。「わたし」は女と同居することになっても、彼女を「あなた」と突き放して呼ぶ。一方、亡くなった実母を「父の死んだ妻」と言ったり、語り手が3歳の幼女とは思えない、意図的にわかりにくい記述にしている。
「あなた」はあらゆることに無関心で、3歳の娘に対してもハムスター程度にも関心を持たない。極度の近視の彼女は、コンタクトレンズで、よく眼球を傷つけてしまう。一方、「わたし」は3歳にも関わらず、義母を明晰に見透かしながら、表面はおとなしく言うことを聞き、それでいて無言で爪を噛む。
「しょう子さんが忘れていること」
軽い脳梗塞を起こしリハビリ病院に入院しているしょう子さんと、世話をする長女、37歳の座っているだけの孫娘、親切な20代の患者の川端くんとの何ということない日々。
「ちびっこ広場」
小学生の息子大樹は学校帰りに必ず「ちびっこ広場」で遊ぶ。母親は友人の結婚パーティーに出かけなければいけないのに、いつになく大樹は怯えていて、「お父さんが帰ってきたら、行ってもいい」という。
初出は、「爪と目」:「新潮」2013年4月号、「しょう子さんが忘れていること」:「ユリイカ」2013年7月号、「ちびっこ広場」:「群像」2009年5月号
私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)
芥川賞受賞作品は、変わっているだけで、面白いものはないという定説どおり。
「あなた」は、亡くなった「わたし」の母親の書いていたブログに導かれ、また父親と暮らしながら浮気する。そして、3歳の幼女は冷たくこれらを見つめる。その場にいないのに、「あなた」の浮気現場を語るのは腑に落ちない。そんなことにこだわらないほど跳んだ小説なのだろうか。
二人称など表現方法に工夫がみられ、ホラーじみた雰囲気を醸し出すなどもちろん良かげな小説ではあるが、面白くはない。
「しょう子さんが忘れていること」と「ちびっこ広場」は、「え!それだけ」という内容。
藤野可織(ふじの・かおり)
1980年京都市生まれ。同志社大学大学院美学および芸術学専攻博士課程前期修了。編集プロダクションで商品写真を撮っていたが、小説を書くため半年で退社。出版社でアルバイト。2012年大学の同級生と結婚。
2006年「いやしい鳥」で文學界新人賞
2009年「いけにえ」で芥川賞候補
2012年「パトロネ」で野間文芸新人賞候補、『パトロネ』
2008年『いやしい鳥』
2013年本作品「爪と目」で芥川賞受賞、本書『爪と目』