この頃電車に乗っていて、イラッとすることがある。それは、
「ドアを背にして立っている乗客が多い」
ということだ。
ふつう電車に乗ったら、乗客は体の正面を、ドア方面に向ける。もちろん車窓を楽しむということもあるが、外に視線を移すことで、他者の視線から逃れられるからである。
ところが最近は、ドアを背にして立っている人が多い。その理由は、スマホを操作するからである。ドアのほうに向いていると景色が動くので、操作しづらい。他者の視線から逃れるのと一石二鳥で、最近はこの手合いがまことに多いのだ。
とくに山手線と京浜東北線の、田端-田町間に顕著である。この区間は二線が平行して走っているので、片方のドアが開かない。よって、安心してドアにもたれかかれるのである。この姿勢もラクなのだろう。
だが逆の立場で考えると、乗車して奥に行こうとするとき、ドアにもたれかかっている乗客がいると、その人と対面状態になって、まことに居心地が悪い。
この場合、相手がスマホに視線を落としていればまだいい。ところが最近は、スマホをいじらず、仁王立ちしている手合いがある。これは本当ににらめっこ状態になり、はなはだ具合が悪い。仕方がないから、私はドア上のモニターに視線を移したりするのである。
あるとき電車に乗る。すると奥から二番目くらいの人がこちらを向いている。怪訝に思うと、その最奥の人は、ドアにもたれかかっているのである。
まれに、「ドアに背中」のほうのドアが開くことがある。だが彼も肝が据わっていて、ドアが開いても姿勢を変えない。その脇で客の乗降があり、知らんぷりである。
JR九州では車内でしゃがむ学生が多い。だからドアには「しゃがみ禁止」のステッカーが貼られているのだが、上記の手合いは、「ドアにもたれかかるのは禁止」ともいえず、対処のしようがない。
いやそもそも、最近は「ドアに背中」が大半で、こう主張する私がバカみたいなのだ。
となったら、私もスマホに目を落とすしかないのか。通信会社の高笑いが聞こえてきそうである。
「ドアを背にして立っている乗客が多い」
ということだ。
ふつう電車に乗ったら、乗客は体の正面を、ドア方面に向ける。もちろん車窓を楽しむということもあるが、外に視線を移すことで、他者の視線から逃れられるからである。
ところが最近は、ドアを背にして立っている人が多い。その理由は、スマホを操作するからである。ドアのほうに向いていると景色が動くので、操作しづらい。他者の視線から逃れるのと一石二鳥で、最近はこの手合いがまことに多いのだ。
とくに山手線と京浜東北線の、田端-田町間に顕著である。この区間は二線が平行して走っているので、片方のドアが開かない。よって、安心してドアにもたれかかれるのである。この姿勢もラクなのだろう。
だが逆の立場で考えると、乗車して奥に行こうとするとき、ドアにもたれかかっている乗客がいると、その人と対面状態になって、まことに居心地が悪い。
この場合、相手がスマホに視線を落としていればまだいい。ところが最近は、スマホをいじらず、仁王立ちしている手合いがある。これは本当ににらめっこ状態になり、はなはだ具合が悪い。仕方がないから、私はドア上のモニターに視線を移したりするのである。
あるとき電車に乗る。すると奥から二番目くらいの人がこちらを向いている。怪訝に思うと、その最奥の人は、ドアにもたれかかっているのである。
まれに、「ドアに背中」のほうのドアが開くことがある。だが彼も肝が据わっていて、ドアが開いても姿勢を変えない。その脇で客の乗降があり、知らんぷりである。
JR九州では車内でしゃがむ学生が多い。だからドアには「しゃがみ禁止」のステッカーが貼られているのだが、上記の手合いは、「ドアにもたれかかるのは禁止」ともいえず、対処のしようがない。
いやそもそも、最近は「ドアに背中」が大半で、こう主張する私がバカみたいなのだ。
となったら、私もスマホに目を落とすしかないのか。通信会社の高笑いが聞こえてきそうである。