一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

山崎流変態将棋

2020-04-08 00:09:47 | 男性棋士
山崎隆之八段は力戦の雄で、将棋界全体が固さ重視の時から、玉の薄い将棋、独創的な将棋を好んで指していた。とくに相居飛車の将棋に顕著で、序盤早々定跡を離れることは日常茶飯事、すぐに前例を離れてしまう。
では対振り飛車にはどんな囲いをするのだろう。今期棋聖戦本戦1回戦で、山崎八段は久保利明九段と当たった。その将棋がド肝を抜く内容だったので、振り返ってみる。
3月23日の対局で、先手が山崎八段。初手から▲9六歩!△9四歩▲7八銀!△3四歩▲6六歩!!と進んだ。
初手▲9六歩からツッコミどころなのだが、まあよい。△9四歩に▲7八銀!
3手目から凄い手で、これは△3四歩と突かれると▲7六歩と突けないから先手が悪いと、中原誠名人の著書「中原の将棋教室」(池田書店)に書かれている。
久保九段も当然△3四歩だが、山崎八段は▲6六歩!!(第1図)

これを△同角なら▲6八飛△5七角成▲6三飛成があるというわけだ。
ただこの変化も類似局面が大山康晴名人の著書「大山名人の将棋教室」(池田書店)に記されている。以下本筋は△5二金右▲6五竜△6二飛なのだが、本局は▲7八銀が入っているので、▲5五竜に△6七飛成がない。これが山崎八段の主張で、あとは力戦で指しましょう、というわけだ。
久保九段もそういう乱戦は嫌いでないはずだが、大人の対応で△4二銀。以下慎重に手を進め、14手目にようやく△3二飛と振った。
山崎八段は居玉のまま中飛車に振り、まさに山崎流の変態将棋である(褒め言葉)。以下、訳の分からない戦いとなった。

数手進んで58手目△3三桂まで(第2図)。ここまで山崎八段が飛金交換の駒得ではあるが、玉の周りは▲6六金がいるだけで、攻めにも受けにも利いていない。▲4五銀は早晩取られる運命だし、肝心の飛車は▲1六飛と蟄居している。
対して久保九段は金銀4枚の囲いで、遊び駒が1枚もない。誰が見ても後手十分と思うだろう。たったひとり、山崎八段を除いては。
以下20数手進んで、83手目▲7八同玉(第3図)。ついに先手は裸玉になってしまった。もはや先手は寄り筋に見えたのだが……。

第3図以下の指し手。△2八飛▲6八歩△6七歩▲同玉△2九飛成▲4四角△5三桂▲9七角△8九竜▲6四角△8七竜▲5八玉△5七金▲4九玉(第4図)

△2八飛に▲6八歩。ただの歩だが、やわいような、それでいて固いブロックにも見える。久保九段は△6七歩を利かせて△2九飛成。
山崎八段は▲4四角~▲9七角と妖しく迫る。久保陣は変わらず堅陣だが、山崎八段も飛車角を急所に配し、一気の寄せを狙っている。
△8七竜には▲6八歩の陰に隠れて▲5八玉。ここでも▲6八歩がいい働きをしている。とはいえ△5七金に▲4九玉と引かざるを得ず、これは生きた心地がしない。まるで、敵に追われて命からがら逃げだすジャッキー・チェンのようではないか。

第4図以下の指し手。△7六竜▲5三角右成△同金▲7一銀△同金▲同飛成△同玉▲5三角成△6二飛▲6一金(第5図)
以下、山崎八段の勝ち。

久保九段の振り飛車の捌きは絶品で、2月19日に指された竜王戦・永瀬拓矢二冠戦では、芸術的な穴熊崩しを見せた。それに比べればこの山崎玉、すぐにでも寄りそうだ。
だが第4図で△8九竜は▲5九歩で、後手陣に▲7四桂以下の詰みが残っていけない。よって久保九段は△7六竜の辛抱だが、ここで1回休みは痛い。
山崎八段は▲5三角右成。久保九段は当然△同金。これに▲同角成は△2七角で相当危ない。だが山崎八段は▲7一銀と放り込んだ。これ、詰んでいるのか⁉
△7一同金~▲5三角成△6二飛に、▲6一金(第5図)が詰将棋ばりの妙手。以下の指し手は省くが、どう応じても詰んでいる。本譜は4手後に久保九段の投了となった。
それにしても山崎八段、この将棋を勝つ……⁉ なんでこの薄い玉、というか裸玉で、久保九段に勝ちきれるのか。まさに山崎八段の本領発揮で、私は呆気に取られてしまった。

昨今はコンピューター将棋全盛で、その指し手を参考にする棋士も多い。先の将棋大賞でも、升田幸三賞に「エルモ囲い」が選ばれたくらいだ。だが山崎八段はソフトに見向きもせず、我が道を行っている。本局の序中盤など、ソフトは絶対に指さないだろう。
だが人間が指す以上、その指し手は個性的でなければならないと思う。山崎八段はその急先鋒といえる。
だがその宿命として、山崎八段は、アベレージヒッターではないと思う。福崎文吾九段のように、刹那的に一瞬の輝きを見せるタイプだと思う。だから十局に1回でもいいから、芸術的な指し回しを見せてくれればよい。
山崎八段は2回戦の三浦弘行九段戦を6日に指し、ここでも初手▲7八金から勝って、準決勝に進出した。ここまでくれば、あと2番。山崎八段のタイトル戦登場は、第57期(2009年)の王座戦のみだ。久しぶりに、山崎八段のタイトル戦を見てみたい。

(当記事において、4月8日にUnknown氏から、棋譜使用に関する指摘があった。無言なのが気持ち悪かったがUnknown氏の指摘ももっともなので、私はその日に、日本将棋連盟にメールで問い合わせをし、返事が来るまで当該記事を保留とした。
だが1ヶ月経った5月8日現在、返信がない。よって、記事を公開することにした)
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする