一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

野球解説者の片岡篤史氏は、大野八一雄七段に似ている。

2020-04-16 02:09:59 | 似ている
14日、野球解説者の片岡篤史氏が、YouTubeを通じて、自身のコロナウイルス感染を明かした。
片岡篤史氏は元スポーツ選手らしからぬ弱々しい声で、コロナウイルスの恐ろしさを訴えた。有名人の声は市井の人々のそれよりはるかに発信力がある。これは大きな啓蒙になると思う。
ところでそのコメントを聞きながら、私は不謹慎にも、まったく別のことを考えていたのである。
「片岡篤史は、大野八一雄七段に似ている」
と。
改めて片岡篤史氏は、1969年6月27日、京都府生まれの50歳。
PL学園時代に入学するとレギュラーになり、甲子園大会で春夏連覇を果たした。
その後同志社大学に進学し、1990年秋、日本ハムファイターズから2位指名され、入団した。以後、強打の左打者として活躍する。
その片岡篤史氏を有名にした?のは、あの「松坂大輔からの空振り」ではないかと思う。
1998年、松坂大輔が西武ライオンズに鳴り物入りで入団、翌年4月7日の日本ハム戦がデビュー戦となった。初回、1、2番を打ち取り、3番は片岡篤史氏。その5球目に松坂大輔は155キロの剛速球を投じると、片岡篤史氏は腰を痛めるほどのフルスイングをした。しかしボールはバットの上を行き、空振り三振。この時の映像が「ザ・松坂大輔」として何度も放映された。
2001年暮れ、片岡篤史氏はFA宣言で阪神タイガースに入団した。
2006年、惜しまれつつ現役を引退。その後はコーチ業を経て、現在に至っている。

片岡篤史氏と大野八一雄七段は、顔のパーツと、オヤジ臭い雰囲気が似ている。片岡篤史氏の顎を縮めると、一層似てくる。また両者とも、筋肉モリモリなところも似ている。

政府の緊急事態宣言で、ただでさえニートだった私は、いよいよ外出できなくなってしまった。でもそんなわけだから、意外に苦痛はない。ただただ少ない貯蓄を切り崩すのみである。
ただ、時間が無駄にあるときはロクなことを考えないもので、また昔のことを後悔して、眠れない日々が続いている。
コロナウイルスが終息したら、また大野教室に伺いたいものである。
コメント
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