劇画家のさいとう・たかを氏が9月24日に亡くなった。享年84歳。
さいとう氏の代表作は言うまでもなく「ゴルゴ13」(ビッグコミック)で、1968年からの連載だから53年になる。むろんこの間、人気が落ちれば打ち切りになったわけで、そこを走り続けた実力は計り知れないものがある。
私がこどものころ伯父の家に行くと、伯父がゴルゴ13を所有していて、私に何冊かくれた。
しかしゴルゴ13はスナイパーの話であるばかりか、男女の交わりのシーンもあって、オフクロなどは「そんなマンガを読んじゃいけません!」とカンカンになったものだった。
閑話休題。ゴルゴ13をはじめとしたさいとう氏の劇画は、映画的描写をしたことで有名、と一部のメディアが伝えたが、これは手塚治虫氏がすでに始めていたことなので正確ではない。
正確には、大人も読むに堪える劇画というジャンルを定着させたことだろう。
実際ゴルゴ13を読んで世界情勢を勉強したという人は多い。ただ私などは世界情勢に興味はないので、むしろ1話完結(ビッグコミックの別冊に多かった)の番外編っぽい話が好きだった。
そんなさいとう氏の全盛期は、大雑把に言うと、平成のはじめごろまでだったと思う。このころまでのさいとう氏は、作画に丸ペンやかぶらペンを使っていた。描き込みも濃密で見応えがあった。しかしある時期からさいとう氏はロットリングペンを使うようになった。その理由をさいとう氏はNHK「浦沢直樹の漫勉」で、「絵が早く乾くから」と語った。
しかしこのペンだと描線に強弱がつかなくなり、深みがなくなってしまう。さいとう氏は太さの違うロットリングペンを駆使していたが、それでもかぶらペンの良さには敵わない。つまり、平板な絵になってしまった。コマ割りの人物も無駄に表情のアップが多くなり、スクリーントーンの多用も目立つようになった。
さらにさいとう氏の片腕だった武本サブロー氏が2008年に、石川フミヤス氏が2014年に亡くなってからは孤高の戦いとなった。
もはやゴルゴ13は伝説となり、それをリアルタイムで読めることが私たちの幸せとなった。
そんなゴルゴ13が私たちに教えてくれたことは何か。それは「約束を守る」ことだと思う。
ゴルゴが依頼人に依頼され、「やってみよう……」と言ったらしめたもの。ゴルゴは必ず任務を遂行してくれる。これは日本人にも染みついたもので、外国人に言わせると、日本人に期日の厳しい依頼をすると「やってみましょう……」と自信なさげだが、期日にはしっかり仕上げてくるという。ここが日本人の素晴らしいところである。
ビッグコミック編集部によると、ゴルゴ13は今後も継続するという。かつて藤子・F・不二雄氏は生前、「私が死んでもドラえもんを続けてほしい。むしろ私が死んでからのほうが、ドラえもんの絵がうまくなった、と言われるくらいになってほしい」と願っていた。
そして現在連載中のドラえもんは、藤子・F・不二雄が降りてきたかのような、本人と見紛うばかりの絵である。氏の願いが叶ったのだ。
ではゴルゴ13はどうか。「浦沢直樹の漫勉」では、「いまゴルゴ13の顔を描けるのは私しかいない。早く私の代わりが出てきてほしい」とさいとう氏は語っていた。
現在はスタッフの誰かがゴルゴ13を描けるようになったのだろうか。それともいままでの膨大な絵の中から、ゴルゴ13の顔を切り貼りしていくのか。いるいろな意味で、興味は尽きない。
さいとう先生のご冥福をお祈りします。
さいとう氏の代表作は言うまでもなく「ゴルゴ13」(ビッグコミック)で、1968年からの連載だから53年になる。むろんこの間、人気が落ちれば打ち切りになったわけで、そこを走り続けた実力は計り知れないものがある。
私がこどものころ伯父の家に行くと、伯父がゴルゴ13を所有していて、私に何冊かくれた。
しかしゴルゴ13はスナイパーの話であるばかりか、男女の交わりのシーンもあって、オフクロなどは「そんなマンガを読んじゃいけません!」とカンカンになったものだった。
閑話休題。ゴルゴ13をはじめとしたさいとう氏の劇画は、映画的描写をしたことで有名、と一部のメディアが伝えたが、これは手塚治虫氏がすでに始めていたことなので正確ではない。
正確には、大人も読むに堪える劇画というジャンルを定着させたことだろう。
実際ゴルゴ13を読んで世界情勢を勉強したという人は多い。ただ私などは世界情勢に興味はないので、むしろ1話完結(ビッグコミックの別冊に多かった)の番外編っぽい話が好きだった。
そんなさいとう氏の全盛期は、大雑把に言うと、平成のはじめごろまでだったと思う。このころまでのさいとう氏は、作画に丸ペンやかぶらペンを使っていた。描き込みも濃密で見応えがあった。しかしある時期からさいとう氏はロットリングペンを使うようになった。その理由をさいとう氏はNHK「浦沢直樹の漫勉」で、「絵が早く乾くから」と語った。
しかしこのペンだと描線に強弱がつかなくなり、深みがなくなってしまう。さいとう氏は太さの違うロットリングペンを駆使していたが、それでもかぶらペンの良さには敵わない。つまり、平板な絵になってしまった。コマ割りの人物も無駄に表情のアップが多くなり、スクリーントーンの多用も目立つようになった。
さらにさいとう氏の片腕だった武本サブロー氏が2008年に、石川フミヤス氏が2014年に亡くなってからは孤高の戦いとなった。
もはやゴルゴ13は伝説となり、それをリアルタイムで読めることが私たちの幸せとなった。
そんなゴルゴ13が私たちに教えてくれたことは何か。それは「約束を守る」ことだと思う。
ゴルゴが依頼人に依頼され、「やってみよう……」と言ったらしめたもの。ゴルゴは必ず任務を遂行してくれる。これは日本人にも染みついたもので、外国人に言わせると、日本人に期日の厳しい依頼をすると「やってみましょう……」と自信なさげだが、期日にはしっかり仕上げてくるという。ここが日本人の素晴らしいところである。
ビッグコミック編集部によると、ゴルゴ13は今後も継続するという。かつて藤子・F・不二雄氏は生前、「私が死んでもドラえもんを続けてほしい。むしろ私が死んでからのほうが、ドラえもんの絵がうまくなった、と言われるくらいになってほしい」と願っていた。
そして現在連載中のドラえもんは、藤子・F・不二雄が降りてきたかのような、本人と見紛うばかりの絵である。氏の願いが叶ったのだ。
ではゴルゴ13はどうか。「浦沢直樹の漫勉」では、「いまゴルゴ13の顔を描けるのは私しかいない。早く私の代わりが出てきてほしい」とさいとう氏は語っていた。
現在はスタッフの誰かがゴルゴ13を描けるようになったのだろうか。それともいままでの膨大な絵の中から、ゴルゴ13の顔を切り貼りしていくのか。いるいろな意味で、興味は尽きない。
さいとう先生のご冥福をお祈りします。