一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

将棋ペン倶楽部2009年冬号・通信34号「手つきついて」

2021-10-13 23:37:37 | 将棋ペンクラブ
今日は、以前「将棋ペン倶楽部」に掲載された拙稿を再掲しようと思っていたのだが、私の勘違いで、当該の掲載号が分からなくなってしまった。
とりあえず、2009年冬号・通信34号に掲載された「手つきについて」を再録する。今から12年前の投稿だが、近未来を予想して、なかなかいいところを衝いていると思う。
では、どうぞ。


手つきについて
大沢一公

将棋を覚えてしばらく経った子供が、父親や友人に必ず訊くことがある。
「どうやったらそんなふうに駒を持って、キレイに打てるの?」
将棋の初心者には、有段者が人差し指と中指に駒を挟んでピシッと指すさまは、華麗に見えるものだ。私が将棋を覚えたのは小学校3年生のときだったが、ご多分にもれず、私も父にそう訊いた。すると父は
「それは初段になればできるよ」
と言った。
なぜ「初段」だったのかは分からぬが、初段になるくらい勉強を続けて実戦をこなせば、駒が自然に手になじみ、綺麗な手つきで指すことができる、と言いたかったのだろう。
習うより慣れろ。
将棋を指す手つきは、一朝一夕で身につくものではないのだ。
テレビなどでプロ棋士に扮した俳優が将棋を指す場面を観ることがあるが、皆さん一様に手つきが悪い。
黒澤明監督ならどう指示するか分からないが、私ならNGである。
ところが15年以上前のある夜、NHKのテレビドラマ「新・王将」を観ていたら、関根金次郎役の三浦友和が、プロと見紛う華麗な手つきで駒を着手したので、私は我が目を疑った。さすがは三浦友和、この手つきを習得するまでに、よほどの訓練を積んだのだろうと、私は大いに感心した。
ところがその数年後、内藤國雄九段のエッセイを読んでいたら、その「手のアップの場面」は、内藤九段自身が影武者を務めたと書いてあり、私はダマされたと思いつつ、ああやっぱりと、妙に納得したものだった。

昨年(08年)の4月、神奈川県横須賀市で将棋の大会があった。私も「二段以上の部」で参加したのだが、1局目に対戦した紳士氏が、有段者にしてはたどたどしい手つきだったので、怪訝に思った。
しかし早指しでくるからこちらも調子を合わせていたら、紳士氏に玉頭位取りから継ぎ歩で迫られ、端攻めの絡みもあって、完敗を喫してしまった。
どうもおかしい。2局目、その紳士氏がハス向かいに座ったので、私は様子を窺ったが、紳士氏の手つきは相変わらずたどたどしい。
ところがその将棋が熱戦になり、双方秒読みに入ってから、紳士氏の手つきが変わったのだ。駒を持つ手も力強く、ビシッと指しては間髪入れずチェスクロックのボタンを押す。
またしても、ああやっぱり…と思った。あのたどたどしい手つきは、私を油断させるための、姑息な?手段だったのだ。ところが本局では時間がなくなり、ついつい本来の手つきが出てしまった、というわけだ。
かようなわけで、手つきをみれば、その人の棋力が分かる。少なくとも、初級者か有段者かの見分けはつく。
ところが最近では、インターネットで将棋を指すファンが増えてきて、いささかおかしなことになってきた。
私は今年(09年)、初めて社団戦に参加したのだが、有段者なのに、明らかに手つきのおかしい人がいた。これは演技ではない。一因として、彼はネットでの将棋を主にしていて、ふだんは駒に触れないことからくる弊害では、と考えた。
私はLPSA主催の金曜サロンにほぼ毎週通い、対局後は有志でファミレスへ行くのだが、ある日のこと、食事後に将棋の雑談をしていると、近くのテーブルにいた、白皙の男性が話しかけてきた。手には浦野真彦七段の詰将棋の本を持っている。
ファミレスで将棋の勉強をするぐらいだから、彼も将棋好きなのだろう。ところが、私たちが「この近くの将棋道場で、将棋を指してます」と言うと、彼はピンとこない様子である。
どうも彼の意見を総合すると、遠距離でもネット上で将棋が指せるのに、わざわざ交通費を使い席料を払って、ひとつところに集まり将棋を指す感覚が分からない、というふうなのだ。
いまはこんな考えが蔓延しているのかと、私は愕然とした。私たちの若いころは、家に将棋があり、相手と対峙して腕を磨くのが当然だった。しかし彼はネットで将棋を指すのがふつうで、人と人とが顔を突き合わせて将棋を指す図のほうが、奇異に映っているのだ。
恐らく彼の家には将棋盤はもちろん、駒さえないのだろう。そして彼は、伝統文化の「将棋」を、ただのゲームのひとつと捉えているに違いなかった。これでは「華麗な手つき」など、望むべくもない。
嘘か本当か分からぬが、先日植山悦行七段が、
「ネット将棋だけで、奨励会三段になったコもいるよ」
と、しみじみと語った。
ネット将棋全盛の時代、これからは手つきだけで将棋の棋力を判定するのは、むずかしいようだ。
(おわり)

先月参加した社団戦で私は、若干手つきがたどたどしい男性に惨敗してしまった。
こいつは楽勝だ、と思って指していると、痛い目に遭う。同じ轍は踏むまい、と自戒しているのだが、つい油断してしまう。ここが私の甘いところである。
コメント
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