山縣河内守虎清、これを制止しようと信虎に詰め寄ると
「おまえまでいらざる諫言をすると申すか、一言でも口を開けばたちどころに切り捨ててくれるわ」と信虎が威嚇した。
虎清ははらはらと涙を流し「われら最初から申し合わせての諫言でござる、今この場を戦場と思い、君のごとき御振る舞いは亡国の所業とにて、いずれ隣国によって新羅殿以来あい伝わって来たこの国を失うことは疑いなし
そのような様を見るより諌死する方がましである、この一命投げ捨て今は聞き入れられずとも、いずれか後に心改めて善道に戻っていただけるなら死して本望でござる」と虎清はその座を動くことなく穏やかに言った。
信虎は聞くやいなや躍り上がり、拝み打ちに山縣の脳天を割り、鼻の所まで一刀に切り込んだ。
山縣はどっと仰向けに倒れたところへ胸の上に乗って「汝への引導を渡す前に聞いておくが良い、われの諫言など聞く気はさらさらなし、これを土産に無間地獄に落ちるが良い」と言うと刀を持ち直して山縣の胸先に深々と突き刺した
惜しむべし、重代の忠臣は暴悪の手によって滅びてしまった。
馬場伊豆守は深手ながら、まだかすかに息をしていたが信虎は馬場をもとどめを刺して殺した、まことに残忍悪行の振る舞いであった。
信虎が重臣である二人の諫臣を手討ちにしてからは誰一人諫言を申す家臣は居なくなり、信虎の慢心はいっそう強くなった。
信虎の日頃の住居は竹の間と称して、左右前後に隙間なく竹を描かせた、
虎は千里の竹林に棲み威を逞しくするという、信虎もまた自分は虎であると自負して、竹の間にて威を張るのだった。