勘助が柴の戸を開いて中に入ると、外に立つ二人は旅装を整えてから、腰を折りしきりに礼を尽くしている。
勘助も腰を折りこれに礼で返した。 入道が口を開き「某は甲州武田家の士、小幡日浄と申す者、こちらの少年は某の主人、武田勝千代君であります」
すると勘助は驚き深々と礼をすると庵の中に招き入れ、塵を払ってから上座に君、臣を招き入れて「甲州館の公達が、このような山中のあばら家に訪ねてこられるとは、思いもかけぬ幸せでございます
護衛の武士も連れずに、ただ二人でこのような所に参るとは、いかなる故でありましょうや」と聞いた
日浄が「それは・・・」と言うのを勝千代が遮って自ら話し出した
「勘助の高名は諸方に鳴り響いておるので、なんとか折を見て対面し、師として軍法の奥義を学びたく思い、今朝ここにやって来たが、猟に出たと聞き、後を追い、郷民の末についてまいり、大猪を仕留めた働きを逐一見物して、槍術の錬磨に驚きいった次第である」
すると勘助は「今、世上の風聞を聞くに東山道、東海道に武田の右に出る豪傑はなく、武術錬磨の士、国中に溢れかえり特に異国伝来の鉄砲というもの用いて隣国はひれ伏し従うとのこと
いまや甲州は軍略、武術に秀でた士が星の数ほども溢れていると言うのに、他国の浪人に従い軍略を学ぶと申されるのか
また、某のような賤しい身分の者をお召くださるならば、まずは奴隷のような者を使いに参らせれば宜しいものを、金玉の御身自ら衛士の一人も引き連れず敵国の合間を忍び、山林、豪雪の中をお見えになるとは、よほどの事情があるとお見受け申しました、できれば詳細をお聞かせ願えれば」と問う。
日浄が引き継いで話した
「そなたが疑念を持つのはもっともなことである、このうえは幼主人に代わって主人の苦しい胸の内を吐いての密事を某がお話いたします」
一息ついてから「主人左京太夫信虎、武略においては隣国に肩を並べるものなく、当世の英雄だと誰もが認めております。
然れども生まれつき得た勇気がために、驕慢の心に満ちて忠臣の諫言を受け容れず、不仁の挙動も多く、子息数多あるうち、二男二郎丸を寵愛して家督を譲るため嫡子を疎み勝千代君を廃除の心であり、家中に忠義の者が在って諫言しても定まった心は覆ることなく、むしろ諫言の忠臣を幾人も殺す暴挙を繰り返し、そうでなければ遠ざけられて相手にされなくなるので、いまや全ての家臣が口を塞いでしまった。
かくいう某も、その一人であるが武田家の滅亡を見るに堪えず、斉の管仲、鮑叔牙の故事の如く若君に勧めて他国へ逃れてきたのであります。
二郎丸は幼い上に、とうてい勝千代君に才覚遠く及ばず、甲斐の国が他国に滅ぼされた時には、あるいは何事もなく信虎死した後、二郎丸に代わり、勝千代君を押し立てて帰国するつもりであります。
某の申すことに納得いただけるならば勝千代君をお預けいたし、五年、七年難を逃れ軍法、兵術を教授いただければ非凡の才ある故、軍法の奥義を悟り、国を取り戻すでありましょう。 いかがでありましょうや、ご決断をお願いいたします」
日浄の願いを聞いてから、勘助はしばし目を閉じて考えていたが、やがて口を開いた。