勘助は垂れていた頭をあげて、こう言った
「古語に『君、君足らずといえども、臣以て臣たらずんば有るべからず、父、父足らずとも、子以て子たらずんば有るべからず』(君主が君主の役目を果たさずとも臣下は臣下の役目を果たさねばならない、父と子もそれに同じ)」
続けて「古き昔話だが、頭の片隅に置いておく話ではある
昔。周の代に晋の獻(けん)公と云う人がいた。 この人、大国晋の国主で勢い強大であった
その夫人に二人の子があり、兄を申生、弟を重耳(ちょうじ)と云う
婦人は重耳を産んで間もなく亡くなったので、獻公は驪姫(りき)という後妻を娶った。 そして奚生(けいせい)という男子を産んだ。
驪姫は獻公の歳老いたるを見て、この人を欺いて讒言によって先妻の二人の王子を亡き者にしてわが子を国王にしよう考えた。
その頃、獻公は国外に二つの城を築いて、新城というところには長男申生を、蒲子城には二男の重耳を入れて守らせた。
驪姫は二人の王子が遠くにいることを良いことに謀を巡らして獻公に『申生が謀反を企て獻公を亡き者にして自分が、晋を奪うつもりです』と自らも言い、取り巻きにも言わせたが、獻公はこれを信じなかった。
獻公が狩りに出て6日間帰らなかったが、その間に申生は自分の母の法要を執り行い、祭るところの酒を獻公に贈った
獻公が留守で酒は驪姫が受け取り、一計を案じて酒に毒を仕込んだ
獻公が戻ると、驪姫は『この酒は申生殿が法要の時に王に送って来た神酒です』と言って用意した。
公が飲もうとしたとき、驪姫は『お待ちください、神酒も日を過ぎれば食するなかれと申しますから、ここはまず家臣に毒見をさせるが宜しいのでは』と言うので、近習に飲ませてみると、たちまち血を吐いて死んだ。
獻公は驚いて、その酒を庭に巻くとたちまち火となって燃えた、驪姫は『これは鴆(ちん)の毒の特徴です』と言うと獻公は大いに怒り
『申生に謀反の噂ありと聞いてはいたが真であった、まずは申生の籠り役であった杜が申生に知らせぬように殺してしまえ』と命じて杜を殺した。
そして『申生を殺せ』と兵を新城へ向かわせた。
これを知ったある人が新城に追っ手より早くかけ込み、危急をしらせ『驪姫の謀により追手が参ります、追手が来る前に急いで城からお逃げください、さもなくば都に戻り、獻公に潔白を申し開きなさりませ』と言った。
申生はそれを聞いて少しも慌てず
『我が、父上に身の潔白を話せば、父は驪姫の浅知恵を見抜いて死を賜るだろう、だが老境に入って父上は驪姫を寵愛して片時も傍から離さないと聞く
もし驪姫を失えば、父上は自らの張り合いも失うことになって、魂が抜けたも同然となるであろう、そのような親不孝はできぬ
また、他国へ逃げだせば、天下の人は、嫡子でありながら国と親に背いて逃げたと言い、我を受け容れてくれる国は無いであろう、わが死をもって親に孝行できるならば歓んで死を受け入れるまで』そう言って新城において申生は死を遂げた」