城戸を叩く音に、番兵が出てみると怪しき男がそこにいた
番兵が咎めると男は「某は常陸介殿と同国の者で、松野小左衛門と申す者である見参申したく、急ぎここに参ったので、御取次願いたい」と言った
番兵は直ちに、これを常陸介に取り次ぐと、元来越前では深き友であったので、すぐに中に招いて、しばし別れたのちの話で時を過ごした。
そのうちに松野は常陸介の膝元ににじり寄り、小声で囁いた
「貴殿の存亡は此のときにありまする、某はこれを見るに忍びず密かにやって来て是を告げるのです、貴殿はこれを思慮なさるか?」
常陸介は眉を潜めて「某には何の思い当たるところが無い、今少し詳しく話し賜え」
松野は、さらに一歩進み出て言うには「貴殿父子が長尾家に在って朝日が昇る如く勢いを増していることは承知している、これは為景殿の寵愛深き故である、しかし為景殿が討死となられて、日頃から貴殿らの出世を苦々しく思って憎んでいた老臣たちは、貴殿らの没落を願い、それが今と思っている
新しい後主、弾正左衛門も父、為景に倣い貴殿らを頼りにするであろうが、性質愚にして、老臣を始め家臣たちは尊信せず、貴殿らを亡き者にせんと思う者で満ちている、これが第一の理由である
また越後に騒乱、謀反が起きているが、これはそれぞれが己の意のままに動き出したからである、それも為景殿が生前は従っていたが、尊敬して従ったのではなく、その威を恐れて従っていたのである、今や重しが取れてそれぞれが勝手に動き始めた、これは長尾家の存亡の危機である
三条の長尾平六郎殿が府中に攻め込めば、真っ先に血祭りにあげるのは貴殿ら親子であるのは間違いない、これが理由の二である」
これを聞いた常陸介は、真顔になり「ふっ」と一息吐いて、松野の次の言葉を待った。
松野は手ごたえを感じて、力を込めて「今、ここで貴殿が何もせずにいたら、某が申した通りになるであろう、早く心を決して人より早く旗を上げて味方を募ること、多くは日和見ゆえ先を打つものに従うのは道理である、勢力が整ったならば、直ちに三条に馬を走らせて、三条殿と心を合わせて府中長尾の勢を挟み撃ちにするのが最善の手である、三条殿も貴殿を頼もしく思い重んじるであろう、そして越後国を貴殿と三条殿で二分するのが最善策でありましょう」
常陸介は驚き、言葉も無く、されども心は動き始めた
松野は、更に畳みかけて「某は今、越中の神保殿に従っております、神保修理様は為景殿を謀りにかけて討ち取ったほどの名将であります、もし貴殿が立ち上がり府中の城を乗っ取るならば、必ずや後詰して力を貸すと申されております」