人生は早く流れて短い年月だと思うようになったのは、この頃
気が付けば74歳、ついこの前、古希だ70歳だと言ってたのに、もう70代半ばに差し掛かっている
何といってもコロナ騒動が、我々の人生を意味のない無駄遣いさせた
あれに気をとられているうちに貴重な年月が失われた
あの国を挙げての大騒ぎは一体何だったのだろうか、今は一番騒いだテレビ、医師、政治家が何もなかったかのように口をつぐんでいる
過ぎ去った年月は取り戻せない、そして日常に戻りかけたら突然のガン宣告
これでまた半年、何もできずに家ごもりだ
だけど、この病気になって考え方も生活もすっかり変わった
自分は永遠に死なない気でいたが、ここにきてやはり自分も死を逃れない存在であることを認識した
そうなると人生が定まった、心が定まった、悔いのない人生を送るために考え始めた
命は天命に任せて、自分は生きている限り精一杯やりたいことをやればいいと思った、なにか今までのごちゃごちゃした複雑な思いは消え去って、ものすごくわかりやすくなった
人生が見える、見えて来た、自分がやるべきこともすっきりと見えている
もう、あれだこれだと探し回ることは無い、やりたいことが向こうからやってくる、だから病気がやって来たのも満更意味がないわけではなく、悪いことでも無いと思う、きっと人生の足しになる意味があってやって来たのだろう
今朝、年配の女友達から電話が来た、所帯を持った子供(50近い)に絶望したと嘆く、「もういいかげん子離れの時だよ」と言ってやった
「あんな夫でも、今となれば長生きして一緒に暮らせていたら良いと思った」と故人になった旦那の事を言うから
「それは旦那を粗末にした自業自得だよ」と言ってやったら
「何言ってんの、私をさんざん裏切って家にもほとんど帰ってこなかった人なのよ」と言うから「じゃあ居なくなって、せいせいしたんじゃない」
「まあ、そうなんだけど」と何が何だかわからなくなっている
今は一人暮らしでいる、「無い袖を振って大学まで出して、立派なお嫁さんももらったのに、『かあさんの面倒をみるほど楽じゃないから、母さんは自分の事だけは自分でやってほしい、僕らの事は何もしてもらわなくても良いから』と言うんだよ」と嘆くから、「息子なんか当てにならない、息子さんが言う通り、自分の事だけ考えればいいんだよ」と言ってやった
「そうだね、今までは安定収入がない息子を助けようと援助してきたけど、こんなことを言われて、もう嫌になった、お金だっていろいろ我慢して使い道を節制したけど、これからはやりたいこと、食べたいもの、行きたいところに全部使うわ」
「そうそう、やっと俺と一致したね、もうお互い先も見えたから自分の為だけに生きればいいと思うよ」
「そうだよね、そうしよう、あんたの病気が治ったら軽井沢へ連れて行ってくれない、もちろんAさんも誘ってだけど」
「いいよ、治ったらどこでも行って、うまい物を食べてリフレッシュすればいい」と答えた
日帰りドライブだが、やはり私は一人旅より、連れとワイワイ言いながら遊ぶのが好きだ
私より年上の女性は夫が先だった人が多くて、はたから見れば優雅な暮らしと趣味に生きているように見えても、孤独な人が多い
私も年上の人といるとカッコつけなくてよいし、気楽なのだ、だから年上の友達は男女問わず多い
ここまで来たら理屈無しに楽しむ、楽しい日々を送る。