神様がくれた休日 (ホッとしたい時間)


神様がくれた素晴らしい人生(yottin blog)

国境の長いトンネルを抜けると、そこは雪国だった

2024年12月07日 20時42分26秒 | ドライブ
 今朝は寒くて、夜中から4度前後だった
朝になって畑を見たら、所々に雪が積もっていた、全体に降ったところは消えていたが大根の葉とか、不織布などに積もっている 初雪だ。
また嫌らしい冬になるのかと思うとガックリする
冬の北陸、越後はこれからはどんよりした日々が続き、雪に氷雨にと体が冷える、それに早くもコロナの集団感染の声も聞こえて来た、コロナの奴、まだ生きているのか!

そんな日々に嫌気がさすと長野県に走る
国道148号だと白馬村、大町市までは雪景色が広がって、スキー場は活発に動いている
小谷村までは灰色でも白馬村から青空が出るのも半々だ、大町市まで行くと青空になり、雪の量もがっつりと減る
でも近年はこの辺りでも雪が多いように感じる、酷い年は穂高から安曇野の平野部も白い時がある。

18号線は信濃町まで雪の世界だ、そして中野辺りから晴れて雪も見えなくなる
でも長野市、須坂市でも雪を見た年がある
とにかく大町、中野まで行くともう関東と同様に心が晴れ晴れとする晴天の冬
車の中に居れば温室のように温かい
ただ。この青空を見るために国道8号から50kmくらいの間は雪の中を、時には降りしきる中を走らなければならないこともある。

もう10年以上前だが、毎年12月になると日帰りで高崎までだるまを買いに行っていた
群馬に居ると、とても良い天気で北陸の雪景色を忘れてしまう

午後3時過ぎに帰ろうとして、一番走りやすい関越道に乗ろうとしたら南魚沼あたりで交通止めとの放送が入ったので、上信道に変更した
関越道は水上あたりから湯沢を通って日本海柏崎まで100km近くも豪雪地帯を走るから、それだけ交通止めの恐れがある、しかも関東の車も多いから12月だとノーマルで走るのも多い
この日は午後から急に激しい雪に変わったらしい、まだ雪の降り始めだからかえってスリップの危険があるが、群馬に居ると快晴で少しもわからない
この頃はまだ上信道の一部は対面だったような気がする、群馬、長野県側は雪が無いのでなんとか順調に来たが安曇野まで来て考えた
この年は珍しく12月に少しまとまって降ったのだ。

このまま上越市方面に行けば妙高あたりも相当雪が降ったらしいので、麻績あたりからと、中野辺りから8号まで80kmくらい豪雪地帯を走るのでもしかしたら交通止め、渋滞があるかもしれない
それで148号から8号に出ることにした、これだって賭けなんだがこのルートだと豪雪地帯は白馬から8号までの50km、但し狭い渓谷を行くのだから道路が凍るとヤバい。
でも賭けは当たった、なんとか無事に日本海に出た、18号は案の定交通止めになっていた。

過去写真


上田正樹 悲しい色やね

「甲越軍記」を現代仕様で書いてみた(268) 甲越 川中島血戦 95

2024年12月07日 11時42分14秒 | 甲越軍記
 山本勘助の隊のあとを追って敵陣に攻め込んだ初鹿(はじかの)源五郎は三十余人をまんまるに備えて、武田左馬助を討ち取って勢いに乗る須田右衛門尉の軍勢にわめいて入った
縦横無尽に戦えば、須田勢はさっと左右に引き、源五郎が打って入るのを押し包んで攻め立てる
源五郎は少しも怖れず、北へ東へ巡ってはなで斬りに暴れまくり、須田勢の亀田丹後、木内萬作、進藤要人など十六人を討ってとる
須田勢の勢い少し緩めば、大将須田右衛門尉は激しく下知して、勢を新手に入れ替えて攻め立てる
さすがの源五郎も多勢に無勢、従士討たれるもの多し、中でも谷専九郎は、須田の家士赤尾源太兵衛に槍を合わせ、しばし戦えども突き殺される
瀬場平左衛門、塚本三左衛門、立岡新七ら皆乱戦の中に討死を遂げる
初鹿源五郎、奮戦に次ぐ奮戦で戦えども、ついに従士の姿消え去れば、今やこれまでと一そうの奮戦を成し、騎馬七騎、雑卒十ニ人を切り倒し、諏訪部次郎右衛門の勢、三十余人にとりこめられて討死する。