『文明論之概略』(以下、『文明論』と略す。)は、欧米列強の帝国主義的圧力のもと、アジアの国々が植民地化され、日本の独立も侵されようとする時代に、思想家福沢が、明治7年に着稿し、翌8年に脱稿出版したものである。フランスの政治家で歴史家であったギゾーの『ヨーロッパ文明史』(主として『文明論』の二章、三章、八章で引用)とイギリスの歴史家バックルの『イギリス文明史』(同じく四章、五章、六章、七章、九章)を訳した部分が多数登場するが、単なる「ヨコのものをタテにしたもの」ではなく、福沢がもつ日本の歴史認識を生かして、ギゾーやバックルの挙げた史実に、独自性のある日本の見解を入れ、それら理論を日本にもあてはまるものとして解釈できるものとした体系書であり、日本人が今でも学び生かすべき書である。
福沢は、この『文明論』において、日本の独立を維持することを「議論の本位」とした。そして、日本の独立が目的であり、文明が手段であると位置づけ、文明をすすめることの重要性を説いた。
文明論は、いわば、「衆心発達論」であって、文明は、全国民の知徳の水準を意味し、文明の進歩とは、社会を構成する勢力の多様化・複雑化にあるとする。換言すれば、価値の多元化と勢力の均衡が文明の本質である。それは、日本の文明の由来にはなく、西洋の文明の由来にはあり、西洋の文明に学ぶべきであると結論づける。
丸山は、本著の結びにおいて、「果たして私たち日本人は、破綻に直面した現在の世界秩序にたいして新しい構想を「始造」する実験に堪え、それにふさわしい想像力を駆使できるでしょうか。天下の福沢の霊は静かにそれを見守っているように思われます。」と締めくくる。
福沢、丸山の問いかけ、日本人は、『文明論』を生かしきれたと言いうるのだろうか。
昭和の時代には、太平洋戦争を起こし、敗戦を経験した。約300万人の尊い命の犠牲のうえに、恒久平和主義と国際協調主義を誓った日本国憲法の精神のもと戦後70年、平和をなんとか維持しつつ、日本の再生を築き上げてきたはずであった。しかし、本日未明、憲法の精神を大きく覆す安保法案が参議院でも強行採決の末可決され、成立してしまった。戦争という同じ過ちへと突き進まんとする勢いである。
今回の安保法制において、『文明論』を生かしきれなかったのは、どの部分であるか。主に二つあると考える。
ひとつは、日本人の「惑溺」である。福沢が『文明論』の中でも中核的用語として用いた「惑溺」、すなわち「内在的価値を無批判的に信仰すること、あるものが、その働き如何にかかわらず、それ自身価値があると思い込む考え方」と丸山真男が『「文明論之概略」を読む』(以下、「本著」と略す。)において解説している。
この度の安保法案成立では、日本人は、未だに「惑溺」から精神的に逃れていないことを示す象徴的事象であるし、平成27年9月19日は、残念ながらその象徴的日となってしまった。現政権がいう「積極的平和主義」という用語に惑わされ、「安保法案が、「戦争をしない国」にするために必要である。」として、無批判的に受け入れはしなかっただろうか。
もうひとつは、「権力の偏重」であると考える。
「日本文明の由来には、「権力の偏重」があり、日本の文明を進歩させることを妨げる根本原因となった。」、「日本では、宗教も学問もすべて治者に奉仕するものでしかなかった。」との旨を福沢は『文明論』第九章で説いている。ギゾーの『ヨーロッパ文明史』の一節「他の諸文明においてはただ一つの原理、ただ一つの形式の排他的支配、或いは少なくとも過度の優越が専制へとその文明を導いたのに対し、近代ヨーロッパに於いては社会秩序の多様性、それらの一つの要素が他の諸要素を排除できなかったことが、今日広く行きわたっている自由を生んだのであります」ということの影響を受け、日本文明の由来の問題点を論じた。
現代の日本も変わっていないことが、安保法案成立を見ていてわかる。強制加入団体である弁護士連合会が反対声明を出し、公正中立を維持すべき元裁判官らが元最高裁判官長官をはじめとして違憲を主張するなど、法曹界が異例の反対をし、ほぼ百%の憲法学者が違憲であるとしているのであるから、文明の一構成部分に過ぎない政治は、法曹界や各種学会との均衡を維持するならば、暴走が食い止められるべきところであった。憲法改正でしかなし得ない集団的自衛権を容認する法案を成立させることなど文明国ではありえない事柄である。なんのための人類の英知「憲法」(国家権力の暴走を防ぐ装置)があるのか。
これで終わりでないことを信じたい。「惑溺」から脱した疑問を抱く若者らが声をあげつつあり、その声は必ずやこれからの選挙に於いて結実することであろう。「文明は人の知徳の進歩なりと云へり。」と福沢はいう。一人優秀な人材が卓越して世に出るのではなく、一人一人の国民が、『文明論』で必ずしも重きをおかれていない「徳」も併せた「知徳」のもつ時代の到来を待つ。
以上
*******朝日新聞*************
http://www.asahi.com/articles/ASH9M0GMCH9LUTFK02S.html
安全保障関連法が成立 参院本会議、自公など賛成多数
2015年9月19日02時28分
安全保障関連法が19日未明、参院本会議で自民、公明両党などの賛成多数で可決され、成立した。民主党など野党5党は18日、安倍内閣不信任決議案の提出などで採決に抵抗したが、自民、公明両党は否決して押し切った。自衛隊の海外での武力行使に道を開く法案の内容が憲法違反と指摘される中、この日も全国で法案反対のデモが行われた。
同法採決のための参院本会議は19日午前0時すぎに開かれ、同2時に採決が始まった。
同法を審議してきた17日の参院特別委員会で採決が混乱し、野党側は無効だと指摘したが、鴻池祥肇(よしただ)委員長は本会議の冒頭、「採決の結果、原案通り可決すべきものと決定した」と報告した。その後、各党が同法に賛成、反対の立場から討論。民主の福山哲郎氏は「昨日の暴力的な強行採決は無効だ。法案が違憲かどうかは明白で、集団的自衛権の行使は戦争に参加することだ」と主張。一方、自民の石井準一氏は「限定的な集団的自衛権の行使を可能にすることで日米同盟がより強固になり、戦争を未然に防ぎ、我が国の安全を確実なものにする」と反論した。各党の討論後、採決が行われ自民、公明両党などが賛成し、可決、成立した。
安保関連法の採決を阻もうと、野党は抵抗を続けた。民主は17日夜から18日午後にかけ、参院に中谷元・防衛相の問責決議案などを相次いで提出した。決議案はいずれも与党などの反対多数で否決された。また、民主党、維新の党、共産党、社民党、生活の党と山本太郎となかまたちの5党は18日、内閣不信任決議案を衆院に共同提案したが、否決された。
安保関連法は、改正武力攻撃事態法、改正周辺事態法(重要影響事態法に名称変更)など10本を一括した「平和安全法制整備法」と、自衛隊をいつでも海外に派遣できる恒久法「国際平和支援法」の2本立て。「日本の平和と安全」に関するものと「世界の平和と安全」に関係するものにわかれる。
「日本の平和と安全」については、改正武力攻撃事態法に集団的自衛権の行使要件として「存立危機事態」を新設した。日本が直接、武力攻撃を受けていなくても、日本と密接な関係にある他国が武力攻撃されて日本の存立が脅かされる明白な危険がある事態で、他に適当な手段がない場合に限り、自衛隊が武力行使できるようにする。
また、朝鮮半島有事を念頭に自衛隊が米軍を後方支援するための「周辺事態法」は「重要影響事態法」に変わる。「日本周辺」という事実上の地理的制限をなくし、世界中に自衛隊を派遣できるようにした。後方支援の対象は、米軍以外の外国軍にも広げる。
「世界の平和と安全」では国際平和支援法で、国際社会の平和と安全などの目的を掲げて戦争している他国軍を、いつでも自衛隊が後方支援できるようにする。この際、国会の事前承認が例外なく義務づけられる。これまでは自衛隊派遣のたびに国会で特別措置法を作ってきた。
国連平和維持活動(PKO)協力法も改正。PKOで実施できる業務を「駆けつけ警護」などへ拡大。自らの防衛のためだけに認められている武器使用の基準も緩める。
安保関連法は、安倍内閣が5月15日に国会に提出。衆院特別委で約116時間の審議を経て、7月16日に衆院を通過。参院特別委では約100時間審議された。
安倍首相は19日未明、同法成立を受け、首相官邸で記者団に「必要な法的基盤が整備された。今後も積極的な平和外交を推進し、万が一への備えに万全を期していきたい」と述べた。
福沢は、この『文明論』において、日本の独立を維持することを「議論の本位」とした。そして、日本の独立が目的であり、文明が手段であると位置づけ、文明をすすめることの重要性を説いた。
文明論は、いわば、「衆心発達論」であって、文明は、全国民の知徳の水準を意味し、文明の進歩とは、社会を構成する勢力の多様化・複雑化にあるとする。換言すれば、価値の多元化と勢力の均衡が文明の本質である。それは、日本の文明の由来にはなく、西洋の文明の由来にはあり、西洋の文明に学ぶべきであると結論づける。
丸山は、本著の結びにおいて、「果たして私たち日本人は、破綻に直面した現在の世界秩序にたいして新しい構想を「始造」する実験に堪え、それにふさわしい想像力を駆使できるでしょうか。天下の福沢の霊は静かにそれを見守っているように思われます。」と締めくくる。
福沢、丸山の問いかけ、日本人は、『文明論』を生かしきれたと言いうるのだろうか。
昭和の時代には、太平洋戦争を起こし、敗戦を経験した。約300万人の尊い命の犠牲のうえに、恒久平和主義と国際協調主義を誓った日本国憲法の精神のもと戦後70年、平和をなんとか維持しつつ、日本の再生を築き上げてきたはずであった。しかし、本日未明、憲法の精神を大きく覆す安保法案が参議院でも強行採決の末可決され、成立してしまった。戦争という同じ過ちへと突き進まんとする勢いである。
今回の安保法制において、『文明論』を生かしきれなかったのは、どの部分であるか。主に二つあると考える。
ひとつは、日本人の「惑溺」である。福沢が『文明論』の中でも中核的用語として用いた「惑溺」、すなわち「内在的価値を無批判的に信仰すること、あるものが、その働き如何にかかわらず、それ自身価値があると思い込む考え方」と丸山真男が『「文明論之概略」を読む』(以下、「本著」と略す。)において解説している。
この度の安保法案成立では、日本人は、未だに「惑溺」から精神的に逃れていないことを示す象徴的事象であるし、平成27年9月19日は、残念ながらその象徴的日となってしまった。現政権がいう「積極的平和主義」という用語に惑わされ、「安保法案が、「戦争をしない国」にするために必要である。」として、無批判的に受け入れはしなかっただろうか。
もうひとつは、「権力の偏重」であると考える。
「日本文明の由来には、「権力の偏重」があり、日本の文明を進歩させることを妨げる根本原因となった。」、「日本では、宗教も学問もすべて治者に奉仕するものでしかなかった。」との旨を福沢は『文明論』第九章で説いている。ギゾーの『ヨーロッパ文明史』の一節「他の諸文明においてはただ一つの原理、ただ一つの形式の排他的支配、或いは少なくとも過度の優越が専制へとその文明を導いたのに対し、近代ヨーロッパに於いては社会秩序の多様性、それらの一つの要素が他の諸要素を排除できなかったことが、今日広く行きわたっている自由を生んだのであります」ということの影響を受け、日本文明の由来の問題点を論じた。
現代の日本も変わっていないことが、安保法案成立を見ていてわかる。強制加入団体である弁護士連合会が反対声明を出し、公正中立を維持すべき元裁判官らが元最高裁判官長官をはじめとして違憲を主張するなど、法曹界が異例の反対をし、ほぼ百%の憲法学者が違憲であるとしているのであるから、文明の一構成部分に過ぎない政治は、法曹界や各種学会との均衡を維持するならば、暴走が食い止められるべきところであった。憲法改正でしかなし得ない集団的自衛権を容認する法案を成立させることなど文明国ではありえない事柄である。なんのための人類の英知「憲法」(国家権力の暴走を防ぐ装置)があるのか。
これで終わりでないことを信じたい。「惑溺」から脱した疑問を抱く若者らが声をあげつつあり、その声は必ずやこれからの選挙に於いて結実することであろう。「文明は人の知徳の進歩なりと云へり。」と福沢はいう。一人優秀な人材が卓越して世に出るのではなく、一人一人の国民が、『文明論』で必ずしも重きをおかれていない「徳」も併せた「知徳」のもつ時代の到来を待つ。
以上
*******朝日新聞*************
http://www.asahi.com/articles/ASH9M0GMCH9LUTFK02S.html
安全保障関連法が成立 参院本会議、自公など賛成多数
2015年9月19日02時28分
安全保障関連法が19日未明、参院本会議で自民、公明両党などの賛成多数で可決され、成立した。民主党など野党5党は18日、安倍内閣不信任決議案の提出などで採決に抵抗したが、自民、公明両党は否決して押し切った。自衛隊の海外での武力行使に道を開く法案の内容が憲法違反と指摘される中、この日も全国で法案反対のデモが行われた。
同法採決のための参院本会議は19日午前0時すぎに開かれ、同2時に採決が始まった。
同法を審議してきた17日の参院特別委員会で採決が混乱し、野党側は無効だと指摘したが、鴻池祥肇(よしただ)委員長は本会議の冒頭、「採決の結果、原案通り可決すべきものと決定した」と報告した。その後、各党が同法に賛成、反対の立場から討論。民主の福山哲郎氏は「昨日の暴力的な強行採決は無効だ。法案が違憲かどうかは明白で、集団的自衛権の行使は戦争に参加することだ」と主張。一方、自民の石井準一氏は「限定的な集団的自衛権の行使を可能にすることで日米同盟がより強固になり、戦争を未然に防ぎ、我が国の安全を確実なものにする」と反論した。各党の討論後、採決が行われ自民、公明両党などが賛成し、可決、成立した。
安保関連法の採決を阻もうと、野党は抵抗を続けた。民主は17日夜から18日午後にかけ、参院に中谷元・防衛相の問責決議案などを相次いで提出した。決議案はいずれも与党などの反対多数で否決された。また、民主党、維新の党、共産党、社民党、生活の党と山本太郎となかまたちの5党は18日、内閣不信任決議案を衆院に共同提案したが、否決された。
安保関連法は、改正武力攻撃事態法、改正周辺事態法(重要影響事態法に名称変更)など10本を一括した「平和安全法制整備法」と、自衛隊をいつでも海外に派遣できる恒久法「国際平和支援法」の2本立て。「日本の平和と安全」に関するものと「世界の平和と安全」に関係するものにわかれる。
「日本の平和と安全」については、改正武力攻撃事態法に集団的自衛権の行使要件として「存立危機事態」を新設した。日本が直接、武力攻撃を受けていなくても、日本と密接な関係にある他国が武力攻撃されて日本の存立が脅かされる明白な危険がある事態で、他に適当な手段がない場合に限り、自衛隊が武力行使できるようにする。
また、朝鮮半島有事を念頭に自衛隊が米軍を後方支援するための「周辺事態法」は「重要影響事態法」に変わる。「日本周辺」という事実上の地理的制限をなくし、世界中に自衛隊を派遣できるようにした。後方支援の対象は、米軍以外の外国軍にも広げる。
「世界の平和と安全」では国際平和支援法で、国際社会の平和と安全などの目的を掲げて戦争している他国軍を、いつでも自衛隊が後方支援できるようにする。この際、国会の事前承認が例外なく義務づけられる。これまでは自衛隊派遣のたびに国会で特別措置法を作ってきた。
国連平和維持活動(PKO)協力法も改正。PKOで実施できる業務を「駆けつけ警護」などへ拡大。自らの防衛のためだけに認められている武器使用の基準も緩める。
安保関連法は、安倍内閣が5月15日に国会に提出。衆院特別委で約116時間の審議を経て、7月16日に衆院を通過。参院特別委では約100時間審議された。
安倍首相は19日未明、同法成立を受け、首相官邸で記者団に「必要な法的基盤が整備された。今後も積極的な平和外交を推進し、万が一への備えに万全を期していきたい」と述べた。