北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

マイケル・ムーア監督「sicko」を見る

2010-12-04 23:56:01 | Weblog
 マイケル・ムーア監督の「Sicko」のビデオを借りてみました。

 以前から社会保障問題に痛烈に切り込む慶応大学教授の権丈善一さんが「社会保障に経済原理を入れると絶対に変になる。その実例を映画『sicko』に見た」と書いておられたので気になっていたのでした。

 sickoというのはsick(=病気)の変化したスラングのようで、「この国(=アメリカ)の健康保険制度は病気だ!」というのがタイトルの意味のようです。

 アメリカは先進国で唯一国民皆保険を果たしていない国です。そこでは2億5千万人が健康保険に入っているものの、5千万人が健康保険に入っていないと言います。

 この健康保険に入っていない人たちは、ひとたびケガをしたり病気になって病院にかかろうものなら高額の治療費を請求されることになります。映画の冒頭に登場した男性は、木工作業中の事故で丸鋸に右手の中指と薬指の第一関節を切り落としてしまいますが、健康保険には未加入。

 そこで迫られたのは、「中指を元に戻すのに6万ドル、薬指は1万2千ドルだがどうする?」という選択でした。結局男性は中指はあきらめて薬指の治療だけを行いました。「ロマンチックな選択だ」というナレーションが皮肉です。

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 アメリカには低所得者と65歳以上の高齢者には公的な保険があるようですが、それ以外の勤労者はHMO(=Health Maintenance Organization:健康維持機構)と呼ばれる民間の医療保険に加入することが多いのです。

 ではこの医療保険に加入している人は安心なのか、というとこれまたそうでもないらしい。なにしろアメリカの健康保険は数ある民間会社が競い合っているもので、加入者を増やして払い出しは少なければそれだけ儲かるという仕組みはまさに資本主義そのもの。

 そこでは患者が病院にかかって治療を受けようとするときに、病院から保険会社に「○○という治療をします」という申請をすることになっているのですが、これに対して保険会社(の中の判定医)が「それは認められません」と治療を拒否することがしばしばあると言います。

 その理由は「その治療は実験的な治療と判断されます」だとか「その薬はこの症例には効果が薄い」などといったもので、挙句の果てには交通事故のため救急車で運ばれた患者からの治療費申請に対して「事前に許可なく乗った救急車の費用は払いません」などというのもあるとか。
「気を失っている状態でどうやって事前に申請しろというの?」と患者の怒りがおさまりません。

 また、子供が急病で連れて行った病院から「この病院はあなたが加入している保険会社の系列ではないので治療はできません」と治療を拒否され、系列の病院に回った時には手遅れで亡くなってしまった子供の親も登場して涙を誘います。

 そしてアメリカ政府の公聴会で、かつて医療保険の判定医として勤務し、治療拒否の判定を多く出したことで給料が跳ね上がったものの、いまではそれを後悔しているという女性医師の証言まで出され、いかにアメリカの医療保険がゆがんだ資本主義におかされているかを多くの患者の涙で訴えます。

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 これに対して、資本主義の悪弊を断ち切って国民皆保険を実現しようと活動を続けてきたのが民主党のヒラリー・クリントンでした。

 税金や加入費用によって誰もが医療サービスを低廉に受けられるようにしようという政治スローガンは、それに反対する保険会社のロビー活動によって「社会主義」というレッテルを張られて徹底的に攻撃されます。

 そしていつしかヒラリーにまでHMOからの選挙資金が流れるようになっているのでした。

 映画の後半は、そうしたアメリカの惨状と対比させる形で、無料かごく低廉な価格で医療を受けられる隣国カナダや遠くイギリス、フランス、はてはアメリカの仮想敵国の一つであるキューバの医療サービスを紹介してその素晴らしさを持ち上げます。

 尤も、サービスはそうだろうとしてもそれを支える税金がどれくらいなのかとかキューバの政治情勢などには触れていないので、あえてアメリカをこき下ろすために使われたのか、という気持ちもします。

 マイケル・ムーア監督の鋭い批判は多少割り引いたとしても、それにしてもアメリカの医療保険の異常な点は十分に伝わってきます。これはかなりsicko!(ビョーキ)です。

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 日本では現在、保険診療と保険外診療を同時に行う混合診療を認めていないのですが、混合診療を認めろ、という圧力が高まっています。そのときのセリフが「患者が高くても効果的な診療を認めているのだからそれをすることは医療技術の進歩に繋がる」というものです。

 しかし権丈先生は「それをすると、結果的に所得によって受けられる医療に格差が生じることになる。」と懐疑的な立場を貫いています。

 病気にならなければ病院のことも医療費のことも考えないものですが、健康な時だからこそ、医療費や健康保険、富めるものが貧しいものを支えるという社会保障とは何かについて考えたいものです。

 ビデオでぜひ「sicko」をご覧になってみてください。


【混合診療全面解禁めぐり波紋】毎日新聞 2007/12/03
 http://bit.ly/equnNr
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