木曜日の事ですが、某官庁の職員を相手に「人材育成研修」の講師を行いました。
受講生は16名と少数精鋭での研修。
全部で二泊三日の研修で私以外の講師のコマも多岐にわたる盛りだくさんな研修で、そのうち私は最後の日の最後の1時間30分の研修を割り当てられました。
人材育成と言われても、具体的にどのようなことを行ってどのようなことを伸ばしたり気づかせるか、ということには様々なアプローチがあることでしょう。
今回は、全体のコマを概観してどうやら座学的に講師の話を聞くような研修が多いような気がしたので、私は受講者に「考えて・自ら話す」ということを求める時間帯にしようと思いました。
またそこでの研修テーマは「人間力の向上」ということにしました。
人間力というとなにやら漠然としたイメージしかありませんが、実は政府内部でもそうしたことを検討した経緯があります。
平成15年に内閣府では「人間力戦略研究会」を設置して、その報告書の中にこう書かれています。
曰く、「…人間力に関する確立された定義は必ずしもないが、本報告では、「社会を構成し運営するとともに、自立した一人の人間として力強く生きていくための総合的な力」と定義したい」として、
具体的には、人間力をその構成要素に着目するならば、
① 「基礎学力(主に学校教育を通じて修得される基礎的な知的能力)」、「専門的な知識・ノウハウ」を持ち、自らそれを継続的に高めていく力。また、それらの上に応用力として構築される「論理的思考力」、「創造力」などの知的能力的要素
② 「コミュニケーションスキル」、「リーダーシップ」、「公共心」、「規範意識」や「他 者を尊重し切磋琢磨しながらお互いを高め合う力」などの社会・対人関係力的要素
③ これらの要素を十分に発揮するための「意欲」、「忍耐力」や「自分らしい生き方や成功を追求する力」などの自己制御的要素などがあげられ、これらを総合的にバランス良く高めることが、人間力を高めることと言えよう。
…とされています。
個々人の能力で見れば、これらには得意なものもあれば苦手なものもあるでしょう。
ただそうした自分の得手不得手に気づき、足らざるを補うような意識を自分の中に持ってもらいたい。今回の研修はそんなことを目標にしました。
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具体的な研修は、私が読んできたいろいろな本の中から、心がちょっと揺さぶられるような文章を読んでもらい、それを読んで自分がどう感じたかについてグループで意見交換をしてもらい、グループ代表に発表してもらう形にしました。
例えばこんな文章を用意しました。
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「傍観者」にならないために
最初の一歩を踏み出すために必要なのは少しの勇気です。
朝の混雑する駅などで人が倒れた際、多くの人が見てみぬふりをして通り過ぎていったという出来事が、インターネット上などで話題になることがあります。気づいた人はたくさんいたはずなのに、どうしてそうなったのでしょうか。
それは逆説的ですが、「人がたくさんいたからこそ、声をかけなかった」ということも考えられます。もちろん「先を急いでいた」とか「面倒に巻き込まれたくない」といった理由で見て見ぬふりをした人もいたかもしれません。しかし、もしそれが人通りの少ない場所で起こった出来事であり、その場に居合わせたのが自分一人だったとしたら、そのままにして通り過ぎたでしょうか。おそらく、なんらかの行動をとったはずです。
つまり、多くの人がその場にいたことによって、「自分がやらなくても、他の誰かが声をかけるだろう」とか「ほかの人も知らん顔をしているのだから、自分だけが悪いわけではない」といった意識が働いたのではないでしょうか。こうした心のはたらきを、心理学では「傍観者効果※」と呼んでいます。
そうした心理を克服して行動を起こすためにも、やはり勇気は必要です。手助けの必要を感じたときには「傍観者」になることなく、みずから率先して手を差し伸べることを心掛けたいものです。
最初に行動を起こすときにはハードルが高く感じられても、小さな実践を積み重ねていくうちに、それほど構えることなく、自然な形で行動に移すことができるようになります。最初の一歩を踏み出すために必要なのは、ほんの少しの勇気です。
勇気を出して行動を起こした結果が思わしくなかった場合も、ことさらに自分の行為を押しつけようとしたり、相手を責めたり恨んだりする必要はありません。次の機会に向けて「思いやりの心」の表し方を前向きに考え続けていったなら、自分自身をより大きく成長させることができるでしょう。
※集団真理の一つ。ある事件に対して、自分以外に傍観者がいる時に率先して行動を起こさない真理である。傍観者が多いほど、その効果は高い。
(出典:「読むだけで人間力が高まる100話 モラロジー道徳教育財団)
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こんな文章を1ラウンドで4編用意して、意見交換、発表をしてもらい、これを2ラウンド行います。
後半の2ラウンド目には、二宮尊徳さんの「二宮翁夜話」からの文章を用意しました。
研修では4グループに分けてそれぞれで討議、発表をしてもらい熱心な感想が語られました。
意見交換の最中に各グループを回って話を聞いていると、研修の目的を見透かしたような頑なな意見を持っている人がいたり、素直に感動している人など受け止め方は千差万別。
しかし発表の内容に正解などなくて、真剣に考えて自分の意見を発表するという行為こそが大切で、そこで心の中に何かしらハッとする経験が起こるかどうかがポイントです。
二宮尊徳先生は「私のやり方は心の荒蕪を開くのが本来の目的だ。荒れた心が直されたならば、土地が何万町歩荒れ果てていようとも憂うことはない」と言いました。
今回の研修がそんな形に繋がると良いのですがねえ。
研修講師は準備から当日の運営まで苦労も多いですが、後々受講者と話すときに良いネタになるもので、充実感も得られます。
さて、いつまでやることになるのやら。