prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

「ピアソラ 永遠のリベルタンゴ」

2018年12月10日 | 映画
オープニング、アストル・ピアソラの回顧展の打ち合わせでアストルの息子のダニエルに展覧会場のミニチュアを見せ、その一室にアストルの部屋を再現する、といった説明をする導入部の構成が巧みで、映画全体がこの一家の見取り図を描くような構成をとるのを予告する。

アストルはサメ釣りが好きだったので、海のイメージを背景にしているとも説明する。常に未知のものに眼差しを向ける人、戦いが好きな人という印象。

アストルの父ビセンテとの仲のよさと、ダニエルとアストルに反発しながら口に出さない関係が対応するのが一本の軸になっていて、これにダニエルの姉ナディアの父への表立った反発と、二人の母親デデが半ば夫の母親代わりのような関係になっていくのが絡む。

アストルの父親ビセンテはアストルが生まれつき脚の発達が不揃い(バンドネオンを立って片膝に置いて演奏する独特の演奏ポーズはここから生まれた)なのを気にして他に子供を作らなかったとは知らなかったが、ともあれ、ビセンテは一人息子のアストルを天才とおだててずいぶん高価だったろうバンドネオンを買い与えて育てた。
かといって英才教育というにはかなりとんちんかんな感じで、アストルの子供の頃の十四年を過ごしたニューヨークではビセンテがやっていた床屋はギャングが出入りして奥が博打場になっていて、息子の周囲も乱暴者ばかりなものでボクシングと先手必勝を教えるといった、まあずいぶんと乱暴なオヤジで、何かどうやっていいかわからないのでとにかく手あたり次第に息子を可愛がっている感じ。

ケンカっ早さは息子も受け継いだとしか言いようがなく、ピアソラの音楽が認められるまでにはずいぶん時間がかかったのだが、革新者を旧弊な世間が受け入れなったからには違いないが、ピアソラ当人が言わなくていいことを言って怒らせることが多いせいもあるだろう。
批判者にわざわざ電話して反論した録音が出てくるのが面白いが、第一そんな録音をとっておくこと自体戦闘モード満々という感じ。

ビセンテの突然の死(バイクをぶっとばしての交通事故死、というのも血の気が多い)に際してアストルが30分くらいで一気に書いてしまったのが代表作「アディオス・ノニーノ」で、悲劇が最もすぐれた創作に結びつくアイロニーの典型となった。

人生二度目の、自分が家長となって渡ったニューヨークでの不遇な暮らしと経済的な困窮が突っ込んで描かれたのは、これまで何冊も書かれた伝記にはなかった、肉親の眼を通した新味を見せる。当時のNYで「ベン・ハー」「サイコ」「ウエストサイド物語」といった映画が上映されていたのが写っている。

原題がPiazzolla The Year of The Sharkとあって、サメ釣りが好きなのを紹介しておいてピアソラの曲のうちからEscualo(スペイン語でサメ)が出てこないのはちょっと変。

商業的に成功したのはヨーロッパで電子楽器をまじえた編成でやっていた頃で、日本でもアルバムが発売され、私もその頃の作品から聞き出した。タイトルになっている「リベルタンゴ」あたりです。映画がこのタイトルを採用したのは、ヨーヨーマが演奏したカバーがサントリーのCMで使われて以来有名になったことが大きいのだろう。
ただ今の眼で見ると、サメの歯を並べたり変なレザーフェイスまがいのマスクをかぶったりしている写真が雑誌に出ているのは、雑誌の商業主義からいけば当然とはいえちょっと軽薄に見える。

ここからアストルがむしろオーソドックスな編成であるところの五重奏曲になるのをダニエルが後退だと批判したのが原因で10年以上も口もきかない仲になってしまう。
本当の後退かというと原点にかえって出直したともいえるわけだが、しかし後退したと、まして息子に言われるのは我慢ならなかったとみえる。難しいものだ。

娘ナディアが十代の時に書いた詩の激しさに驚いたことがあるが、父親が家を出たことにより母親ともども鬱になって回復したから弱者を救う政治運動に身を投じ、独裁者の強制に抗しきれず新聞写真で握手している父親を非難し、早世するというのもまた別の形で激しい。娘の眼を通した父親像というのはまた別にありえただろう。

ダニエルは良くも悪くもおとなしく、エゴイスティックな天才の息子という厄介な立場に堪えている風情を瞳が語っている。その眼差しの先には、実際に展示されている海のイメージがあるわけだが、それは当然本物の海ではない。
チャップリン・ジュニアいわく、「天才の息子だということは、立木につながれた犬のようなものだ」。

「ピアソラ 永遠のリベルタンゴ」 - 公式ホームページ

「ピアソラ 永遠のリベルタンゴ」 - 映画.com

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