・ アーリング ノルビー、(訳) 井上栄
本書に書かれているのは、ノーベル賞の生理学・医学賞、化学賞の分野で、受賞者がどのような過程を経て決定されたのか、どのような内容がノーベル賞を受賞したのかなど。決してタイトルから連想するような裏歴史的なものではない。
著者は、約20年も、ノーベル生理学・医学賞委員会の委員を務めたという。また本書の出版社は、文科系の出身者にはあまり馴染みがないかも知れないが、昔から主に化学に関する本を出版しており、この方面では有名な出版社である。
もっとも、私は高校時代は化学が得意だったのだが、大学に進むと、すっぱりと足を洗った。1回生の時にクラス分けで時間が指定されていた化学の授業も必修ではなかったため履修しなかったくらいだ。
内容としては、免疫に関する部分が多くを占めているが、あの有名なDNA二重らせん構造を発見したワトソン&クリックの話も出てくる。
ここで気になることが書かれていた。正しいDNA構造は1953年4月に発表されていたにも関わらず、ノーベル賞に推薦されたのは1960年(受賞は1962年)になってからだという。これは、科学の世界でも新しいことが受け入れられるのに時間がかかるということだろう。
これは他の部門でも同様の例がある。ノーベル賞というのは、科学の世界では最も権威ある賞ではあるが、人間が選んでいる以上絶対的なものではない。だから真に独創的な仕事というのは受け入れるのに時間がかかるか理解されずに終わるかだ。
例えばアインシュタインと言えば何といっても相対性理論なのだが、彼は相対性理論ではノーベル賞を受賞していない。彼が1921年に受賞したのは光電子効果に関するものなのである。彼の相対性理論はあまりに独創的過ぎて受賞対象にはならなかったのだ。彼は1955年まで生きたので、相対性理論で2回目のノーベル賞を受賞してもよかったのではと思う(数は少ないが複数回受賞した人もいる)。
推薦者や審査人は、その道では一流の学者とはいえ、人によって推薦され人によって評価される賞の性格上はやむを得ないかもしれないが、昨年のノーベル物理学賞が、彼の一般相対性理論からの帰結である重力波の検出に対して与えられたのはある意味皮肉なことなのかもしれない。
ところで、同じノーベル賞といっても、物理学賞については、まだ多少なりとも内容に馴染みがあるのだが、本書の対象である生理学・医学賞、化学賞については知らないことがほとんどである。やはり、同じ理系といっても、分野の間には深い溝があるのだろう。しかし、たまにはこのような本を読むことで、教養の幅が広がるのではないかと思う。
☆☆☆☆