・高杉良
高杉良と言えば経済小説の巨匠として知られる存在だ。昔は時折読んでいたが、この作品を目にして、そういえば最近読んでいないなあと思い買ってきたという訳である
本書の主人公はそのタイトルの通り、ヤマト運輸二代目で宅急便というサービスを作り出した小倉昌男だ。その父である創業者小倉康臣の物語もかなりのスペースを割かれている。この二人は実名で登場するが、昌男の後を継いだ彼の懐刀のような人物の名は鈴木となっている。
しかしヤマト運輸の歴代社長を調べてみると3代目社長は都築幹彦氏になっているので、音の類似性だけを残して仮名で登場させているようだ。しかし、ちょっと調べれば誰がモデルになっているのかはわかるので、あまり仮名にしている意味はないと思うが、この辺りは、タイトルに「小説」と入れていることから、フィクションの部分が大分入っているのだろうか。
面白いのは、運輸省(当時)や郵政省(当時)との闘いだ。国民主権の世である。本来国の役目とは、国民に不利益が生じないように利害の調整を図ることではないのか。しかし、昔ながらの御上意識を持っていてはとても国民主権の世にマッチしているとは思えない。
例えば、この作品の中の運輸官僚の次のようなセリフだ。
<小倉さんっていう人もいい度胸していますねぇ。御上に盾突いて、喧嘩を売るんですから>(p313)
これは小説の中のセリフであるが、本当にこんな意識を持っているのなら、公務員を辞めた方がいいし、省庁全体にこんな意識が蔓延しているのなら、そんな省庁は解体した方がいいだろう。一番問題なのは、国民からお役所がそんなところだと思われているところではないかと思う。
許認可事項ひとつとっても、お役人は平気で年単位で審査を遅らす。企業は監督官庁に逆らうとしっぺ返しが怖いからと、少々の無理難題はご無理ごもっとものような対応になってしまうのではないか。一応行政不服審査法というものがあるが、どこまで機能しているのだろう。企業はヤマト運輸の闘い方を参考に、お役所に不要な権力を持たせないように、もっと裁判などを活用すればいいような気がする。
この他、宅急便のシンボルマークであるあのネコの絵をデザインした斎藤武志(砂上)のあまりにもドラマチックなエピソードも描かれている。元々あのマークは、米国最大のトラック会社であるアライド・ヴァン・ラインズ社のマークを参考に、斎藤がデザインしたもののようだ。
高杉作品のすごいところは、まるで見てきたように、生き生きと企業に関するドラマが描かれるといったところだろう。その裏には、かなり綿密な取材活動などがあったのだろうと推測する。最後に、あとがきに書かれている次の言葉を紹介して終わろう。これは、作者が複数の人から聞いたという小倉昌男氏の言葉だということだ。なお、高杉氏は、この作品を小倉氏には一度も会わず書いたとのことである。
<高杉良も、俺に会わないであそこまで書けるなんて、大したタマだよなあ>(p379)
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※初出は、
「風竜胆の書評」です。