チクチク テクテク 初めて日本に来たパグと30年ぶりに日本に帰ってきた私

大好きな刺繍と大好きなパグ
香港生活を30年で切り上げて、日本に戻りました。
モモさん初めての日本です。

秋明菊

2019年10月21日 | 庭仕事

曇、17度、85%

 昨年、マキの木の下にふた株の「秋明菊」の苗を植えました。昨年は蕾もつけず、花も咲かせず、そのまま死んでしまうかと心配でした。今年は先月の初めごろに丸いつぼみを見つけました。「いつ咲くかな?」毎日、毎日期待して見つめます。つぼみは膨らみ、その下の茎がすっと立ち上がりました。いよいよです。ひと月以上待ちました。確か、白と赤を植えたと記憶しています。つぼみが緑から赤へと変化し始めます。昨日の朝、咲きました。

 菊と名前を持っていますがキク科ではないそうです。キンポウゲの仲間です。楚々とした花姿は日本古来の植物を思わせますが、古く中国から入って来たものです。「貴船菊」など耳障りの良い和名をたくさん持った花です。本来の色はこの濃いピンク。白は改良品種だと聞きました。

 秋になり庭に咲く花はポツポツ。 「オキザリス」も咲き始めました。今日は黄色の「オキザリス」も花開きそうです。庭先の「ポットマム」はつぼみがほとんど開きました。 パンジーやビオラを植え付けるまで表の道沿いを飾ってくれています。色付きが思ったほどではありません。おそらく肥料が足りないのでしょう。花が終わると地面に下ろします。

 白の「秋明菊」は今年もつぼみすら付けませんが元気です。先日、我が家より山寄りの町を訪ねました。そこのお宅は秋明菊が裏庭にたくさん咲いていました。お玄関にも一輪。我が家の「秋明菊」が大きな株に育つまでどれくらいかかるのかしら、楽しみに待ちましょう。

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モモさんのコアラのムートンをココさんに

2019年10月20日 | もも

曇、16度、82%

 7、8年前、もっと以前かもしれません。モモさんにオーストラリアに住む友人からコアラの模様のあるムートンをいただきました。香港だって冬には少し寒くなります。モモさん、大きな体を丸くしてこのムートンで寝ていました。 モモさんです。まだふかふかのムートンです。福岡に帰ってくる時ももちろん荷物に入れました。この家ではオーブン前にこのムートンを置きました。パンを焼く時、お菓子を焼く時、モモさんの大好きな場所でした。モモさんが逝って、きちんと洗って仕舞いました。昨年、寒くなり始めるとこのムートンを出してきました。 「ココさんに使おうかな?」グッと鼻を付けるとモモさんの匂いがするような気がします。そのまま又仕舞いました。今年も出してきました。微かにモモさんの匂いがします。そっと床に置いてみました。ココさんが寄って来てひとしきり匂いました。モモさんの匂いでしょう。

 今年からこのコアラのムートンはココさんの物になります。モモさんよりふた周りほど小さなココさんにはちょうどのサイズです。 ニットやジャージのモモさんの服はココさんにお下がりしました。ところがコートなどのかっちりした衣類はサイズオーバーでガパガパです。いくつかの品を除くモモさんの物はココさんにお下がりしました。

 ココさんが東京から持って来たオレンジ色のブランケットはココさんの心の拠り所です。本格的な寒さがやって来たらムートン、オレンジのブランケットに加えて、息子のお嫁さんがモモさんにくれたネイビーの大きなブランケットが出て来ます。ココさんの冬支度も進んでいます。

 

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義母が施設の入居を決めました。

2019年10月19日 | 日々のこと

雨、19度、91%

 今月初めに義母は介護度の見直し申請をしました。それまでは要支援2でした。結果が出ました、要介護2になりました。最近は介護度の見直しの審査が厳しくなっています。2段階も進むことは珍しいと思います。お電話で知らせを受けた私も驚きました。病院の方達も驚いています。審査員の女性は看護婦長や主治医の意見まで聞き取っていかれたそうです。つまり、介護が必要だと判断されたことになります。

 この半月、病院側が勧める老人施設、自分で調べた施設に見学に出向きました。公的施設、一般施設構わずに見せていただきました。翌日は義母にその施設の報告をしますが、私を睨みつけたまま「絶対に入らん。」という答えでした。病院側から退院後の行く先を早く決めるように急かされます。主治医は今月末退院を考えています。

 3日前、義母の知人が配膳室で働く有料施設のパンフレットを義母は私に手渡しました。渡しながら「ここにだって入りたくない。」と言いました。翌朝一番にこの施設を見学に行きました。主人の実家から車で5分とかかりません。住宅街の中の3階建の一見マンションのような建物です。施設側からの説明、義母の状況を私は話します。見学後その足で病院に行きました。「お母さん、この施設はいいと思うわよ。Mさんのお顔も見れるしね。」母が少し気持ちが動いたように思いました。入居金がかかるので主人に相談しなくてはなりません。私が帰ったそのあと珍しく主人が義母に電話を入れたようです。この電話が厄介なことになりました。我が家の姉弟間の確執に話がなったようです。翌日義母のもとを訪れると、主人との電話の話を繰り返します。主人はどうも「真奈の言うことを聞きなさい。」みたいなことを言ったと思います。自分だって娘がいる義母にとっては、「真奈、真奈」言われるのは不愉快なはずです。

 たまたまその時は同室の方がいらっしゃいませんでした。「お母さん、この1年近く真剣にお母さんに向き合ってきたのは実の息子でも実の娘でもなく、この私です。」そして、「滅多に会いにも来ない娘、滅多に電話もして来ない息子に育てたのはお母さん自身ですよ。」とまで私は言いました。そう言って私は病室を出ました。翌朝、つまり昨日の朝、病院に行きました。ひどい雨が降っています。雨の話などした後に「施設、どうする?」と聞くと「行きたくないけど入りますよ。」と返事でした。声を荒立ててまで話した甲斐がありました。

 家に帰り、施設側、病院の事務、主人に連絡を取りました。実は施設に空きの部屋が出るのは来月になるそうです。そこで、今日は主治医にお会いして退院を延ばしてもらうように面談することになっています。昨日の午後には早速入所の書類、一時金の支払いを済ませました。あとは病院側の退院日、施設からの確かな入所日の知らせを待つばかりです。いえいえ、安心などしていません。義母の土壇場で行かないということも想定内です。心は決まっています。何があっても私が義母を施設に連れていくつもりです。

 

 

 

 

 

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鮭のお節、奈良漬。クリームチーズ、黒大豆枝豆

2019年10月18日 | ワインと一緒に

曇、17度、91%

 鮭のお節をいただきました。「糸搔き」と呼ばれる小袋入りです。カツオ、イワシ、鯖、それぞれお節がありますが鮭のお節は初めてです。 見た目、他のお節とさして変わりませんが、お豆腐にかけただけの鮭のお節を口に入れるとそのふんわりした味に驚きました。お節独特のクセがない柔らかな味です。北海道のお土産。

  奈良のお土産にいただいた「奈良漬クリームチーズ」です。最近、麹につけたクリームチーズなど癖のないクリームチーズのバリエーションを見かけます。表面が酒粕色になったクリームチーズと「黒大豆枝豆」をピックに刺しました。 丹波からのお土産でいただいた「黒大豆枝豆」です。黒大豆のきな粉は普通のきな粉より香りはよく、濃いお味がします。初めていただく「黒大豆枝豆」は枝から外して普通に茹でました。茹で水は淡い紫色に染まりました。薄紫の色の下にやや緑がかかったツヤツヤの枝豆ができました。茹で上がりをひとつふたつと口に入れます。後を引き手が止まりません。緑の枝豆は爽やかさがありますが「黒大豆枝豆」は奥のある味です。「奈良漬クリームチーズ」のねっとりと粕の香りが絡まってちょっとしたおつまみです。お夕飯の後のワインと一緒にいただきました。 友人からの頂戴もので私一人の食卓は賑わいます。冷たい一品も暖かく感じるのは友人たちの気持ちでしょう。

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秋いっぱいの小包

2019年10月17日 | 日々のこと

曇、14度、80%

 季節、季節の食べ物を行く先々から送ってくれる友人がいます。30年も日本にいなかったので初めて見るものたくさんあります。そして、もちろん季節の初物も。

 小包の箱を開ける時はいつもワクワク。昨日いただいた箱を開けると、きちんと新聞に包まれたものがいくつも入っています。丹波お野菜です。いつも添えられる手書きのお便りには「安納芋」は自分で掘ったものだと、お芋は掘ってすぐに食べないで乾燥させるともっと美味しくなるのだそうです。実は「安納芋」も初めて食べるものです。自分で買うお芋は普通のお安いお芋ばかり、乾燥させるのも待ち遠しく感じます。しばらく置いてオーブンで石焼にするつもりです。義母にも一つ届けましょう。

 「黒枝豆」これだって初めてお目にかかります。昨晩は用事が立て込んでいたので、今朝一番の仕事は枝豆と落花生を茹でることから始まります。水をまだ含んだ落花生の殻からピーナッツの香りがします。茹で落花生の美味しさはバターピーナッツとひと味違います。毎年いただく大きな丹波栗、丹波の黒豆も入っています。黒豆も大粒です。これはお正月にとっておこうなどと考えます。手前にある小さな玉ねぎのようなものは、「サフラン」の球根です。春になるとクロッカスと同じような花を咲かせます。その雄しべを乾燥させるとあのお高い「サフラン」です。球根も安くはありませんが「サフラン」を買うのに比べるとずっと安い。一昨年我が家で収穫したものもまだたくさんあります。来春の「サフラン」の収穫は贈り主へのお返しにするつもりです。

 毎日いただくお野菜も美味しさを増したきました。箱の中から出てきたお野菜は急に私の食卓に「秋」を運んでくれました。茹でたものは少しずつ冷凍庫で主人の帰りを待ちます。

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ネオンの灯りが恋しくなります。

2019年10月16日 | 日々のこと

晴、15度、77%

 秋の夜空はお月様が冴え渡る空に浮かんでいて、いくら見ても飽きません。香港にいるときは山側の窓を開けて香港島の太平山にかかる月を眺めていました。昨晩も月を眺めながら思います。なんにか物足りない。香港家では海側の窓を開けるセントラルの高層ビルの灯りが見えました。しかもすぐ目の前にあるような大きさでした。色とりどりのナオンの色。お風呂に浸かったままそのネオンを見ていました。それが当たり前の生活でした。あの夜のネオンの色を見なくなって2年以上が過ぎました。ふと恋しくなります。

 東京の家に行くとベランダから新宿の高層ビルが見えます。 夜遅くなるととっぺんの赤い光が遠くからでも見えます。街全体が光を放ってその部分だけが浮かび上がったようです。でもそれだけ。町の華やかさは伝わって来ますが、あのチカチカと灯るネオンの灯りは見えません。

 香港に住んでいても家の在りかによって景色は違います。間近に刻々と変わるビルのネオンを眺められたのが特別だったのだと今更に気付きます。ぼんやりと東京の家のベランダから新宿の街が明けて行くのを見ていました。そうそう、もう一つ懐かしいものを思い出します。繁華街から立ち上る夜の空気の匂いです。たくさんのレストラン、人の流れ。高層のネオンを見ながら、その夜の甘い匂いを嗅ぎました。だんだん記憶の中の眺め、匂いに変わって来ました。福岡の家の2階のベランダからは背伸びしても見えるのは家の明かりだけです。記憶の中であのネオンを今一度灯します。

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レモンのジャム

2019年10月15日 | 日々のこと

晴、16度、77%

 友人から箱に入った荷物が届きました。箱を開けるとたくさんの梱包材の中から瓶が一つ出て来ました。「レモンジャム」でした。

 早速、ひと口食べてみました。甘酸っぱいレモンの香りが口の中で弾けます。イタリアのジャムです。この香りを嗅いだ途端にイタリアのレモンリキュール「レモンチェッロ」を思い出しました。甘い甘い食後酒です。小さなブラスでちょっぴりいただくものですが、甘いのでつい飲み過ぎるとアルコールが高いので酔いがやって来る代物です。このジャムは同じ香りがします。マーマレードではなくジャムですが皮も実も一緒に煮詰めた感じのジャムです。もちろんとても甘く作られています。ひと口、ふた口。友人にお礼のメールを入れました。

 友人の返事の中に「このジャムを食べたら、坂道を下りてくる真奈さんを思い出したので。」と書かれています。そういえば、この友人とは幾度か香港でモモさんの散歩に付き合ってもらったことがありました。坂ばかりのところで暮らしていたので、モモさんの散歩は坂を登る、坂を下るが付き物でした。

 人を思い出すきっかけは急にやって来ます。風の匂いのこともあれば、どこかでその人の声が聞こえたような気がすることもあります。夢に出て来てくれることもあります。レモンジャムの何が友人を刺激して私が坂を下りてくる様子を思い起こさせたのかしら?そんな表現ができる人は素晴らしいと思います。そして、どこかで誰かが私を思い出してくれることはとても嬉しいことです。

 イタリアのレモンはきっと大ぶりなレモンに違いありません。南欧のレモンは大きな実を木一杯に枝をたわわに実を付けます。レモンの香りがいっぱいのイタリアのレモンジャムは2日で食べてしまいました。

 この荷物をデパートのクロネコさんで作っている友人の姿が胸に浮かびます。美味しいレモンジャム、私を思い出してくれたこと、ひと瓶の「レモンジャム」がたくさんの幸せを運んで来てくれました。

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カラスミの西京漬、納豆のパスタ 

2019年10月14日 | 昨日のお昼ご飯

晴、16度、82%

 秋という季節、よくお腹が空きます。ご飯が終わってもまだ物足りない。ご飯の後に納豆でもと食べ始めましたが、納豆ぐらいでは収まりそうもありません。又しても冷蔵庫を覗きます。飴色になったカラスミの西京漬がありました。 お酒で塩を抜いて、西京味噌を塗ってふた月です。端を切って納豆の残るお口に放り込みました。私の口で納豆とカラスミがドッキング。カラスミの西京漬は「カラスミ」とは別物に変身しています。ねっとりは変わらないのですが、塩っ気は抜けて微かに味噌の発酵臭がします。ほんのりと甘さを西京味噌からもらっています。そのカラスミが納豆と見事なハーモニーです。

 カラスミの西京漬はまだ4分の3も残っています。そこで、パスタに合わせてみました。カラスミの西京漬は冷蔵庫から出してすぐに薄切りにします。最近流行りのすりおろしではしっかりと味わうことができません。納豆は友人の勧めでパックの中でかき混ぜました。友人の言う通り、あの小さな四角のパックの中でうまくかき混ぜることが出来ます。青みはネギではなくシソにしました。 カラスミの断面、いい具合に漬かっていたのが見て取れます。この後フォークで一気に混ぜます。混ぜると言うより和える感覚です。お箸に持ち替えようかと思うような和風のパスタです。

 シソが正解、納豆とカラスミの重さをシソの香りが和ませてくれました。お外のお食事でお皿に黄色い小さなものが降りかかっています。カラスミをおろしですりおろしたもの、彩、見た目はいいのですが肝心のお味を感じません。厚切りは重くなり過ぎます。やはり薄切りがいいかと思います。納豆にはちょっぴりオリーブオイルを入れただけ、納豆の味を濃く感じます。カラスミは西京漬にしても塩分があります。お醤油は一滴もたらしませんでした。

 カラスミの西京漬半腹、残りは何と合わせてみようかな。

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今日は義母の92歳の誕生日です。

2019年10月13日 | 日々のこと

晴、20度、68%

 義母は92歳を迎えます。昨年12月に骨折で入院して以来、ほとんど病院生活です。骨折ですので食事制限はありません。量が少ない病院食ですから、ほとんど毎日何か口に入れるものを持っていきます。入院中は大好きなビールも飲めません。私が見ても美味しそうとは言い難い病院の食事です。

 昨日、ナースセンターで尋ねました。「明日が母の誕生日なので、昼食にうなぎを持って来てもいいでしょうか?」たとえ冷めていてもうなぎは匂いがします。同室の方にも申し訳ないと思います。お返事は「療養食をとっていますので、お断りします。」とのことでした。黙って持って行っても良かったのにと悔やまれますが、コソコソ食べてもらうのは嫌です。うなぎの件は義母にはまだ言っていませんでした。驚かせようと思っていました。

 病院の帰りに一軒、施設の見学に行きました。家に帰って、今日のために何かケーキでも焼こうと考えていました。帰宅して、冷蔵庫を開けると卵がたった1個しかありません。朝から福岡は台風の影響で風が強く、その時間には息子たちが住む関東も警報が出ていました。「ケーキを買って持って行こう。」とケーキ屋さんに行きました。今日持って行く可愛いケーキです。

 骨折は続いて起こる可能性があります。退院後は寒さも来ますので施設に入ってもらうつもりです。いくら理由を話しても義母は首を縦に振りません。なんだか申し訳ない気持ちになっています。病院に行っても最近は私を見て「ご苦労さん。」とも言わなくなりました。きっと私一人の思惑で施設に入れられると思っているのだと思います。今日はこの小さなケーキが義母の気持ちを和ませてくれますように。92歳、100歳だって目の前です。よく元気でいてくれたと思います。

 台風の影響は北に伸びているようです。息子たち家族も避難しました。今日もまだ、雨が上がった地方でも土砂崩れなどが起きる危険性があります。くれぐれも注意してお過ごしください。

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メタセコイヤのある景色

2019年10月12日 | 日々のこと

曇り、23度、83% 大風

 主人の東京の家のドアを開けると、4本のメタセコイヤの木が目に入ります。この景色が好きでたまりません。生きた化石と言われるメタセコイヤ、この木を好きだと思ったのは小学6年の時です。中学受験で訪れた武蔵野の街路樹でした。その高いこと、福岡育ちの私には頼もしく思えました。南方の大きな木とは放っている空気が違います。数年後、武蔵野の関東ローム層のことを学びます。私は勝手にこの土、この土地がメタセコイヤを大きく育てたのだと信じています。

 初めて見た時は、下から見上げたメタセコイヤの木です。こんなに美しい姿だとは思ってもいませんでした。殊更、この4本のメタセコイヤは美しい姿をしています。先の尖具合、裾広がりの様、見惚れてしまいます。この木のすぐそばに立つと、その太い幹に鼻を寄せます。匂いはありません。抱きつきたいのを堪えます。「お歳はいくつ?」と聞いても答えてくれません。

 細かい葉っぱがみっしりと枝に付いています。あとひと月、急に色が茶色に変わり落葉します。この整った姿を見るのはこの時期が最後です。来春、新芽が吹き始めるまで丸裸の木になります。 夜明け前、私が走りに出かけた頃の同じ景色です。建物の灯りがなければまるでコローの絵のようだと思います。毎日ドアを開ける度、4本のメタセコイヤが迎えてくれます。左に見えるマンションの高さからこの木がどれほど高い木かお分りいただけると思います。

 私よりうんと歳取ったメタセコイヤの木、私が亡くなってもこの木は生きています。私のような思いをこの木にどれくらいの人が思ったことか、神聖な気持ちになります。

 

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