友人のFさんと、心斎橋(大阪市)のフレンチ・レストラン「ル・クロ・デ・クロ」でランチを楽しんだ。
かつての職場でご一緒した、Fさん。
わたしとしては、とても珍しいことに、いつの間にか、お友達になっていた。
彼女は、わたしより、4歳年下。
彼女の下のお子さんが生まれる前から知っている。
お子さんが生まれて、再就職の壁が、どんっと厚くなった。
子育ての合間をぬって、時間を切り張りして、
飲食店でアルバイトで、専門学校の学費を貯めたFさん。
国家試験に挑戦した。
わたしは、なんと高いハードルを課す人なんだろうと感心していた。
何度も何度も失敗したが、挑戦し続けた。
40歳を超えると、さすがにアタマに入らない。
覚えては消え、覚えては消え。それの繰り返し。
よくあきらめずに頑張るなあと思っていたが、
こころのなかでは、気持ちはわかるけれど、無理じゃないかって、感じていた。
(ごめん、Fさん!)
わたしは、試験に落ちることが当たり前みたいに、毎年の恒例行事みたいな感覚でとらえていたが、
彼女は、年々、追い詰められていた。
国試に挑戦するのは、ひとつの頑張りの、目に見える証明みたいなものなのかな・・・、
と、外野のわたしはあくまでも、のん気。
わたしは、お気楽だが、彼女は、勉強に打ち込んだ。
自立への道を一歩一歩、苦しみながら登っていた。
そうして、晴れて合格を勝ち取ったFさん。
その後も、就職先では、またまた苦労の連続で、一時期、ほんとうに参っていた。
1年に1回ぐらいは、自分へのご褒美、気分転換にと、
ミュージカルや、コンサートに、彼女と出かけた。
最近は、お互いの時間が合えば、たまにランチをすることもある。
今は、仕事をしながら、さらに次の国家試験に挑戦中のFさん。
今年で2回目。(3回目だったかな?)
前の資格より、この資格のほうが、おそらく難易度は上がっているだろう。
転職、開業、今後の可能性を広げ、いろんな展開に有利な資格を、さらに追加する。
なんで、そんなに頑張り続けるの?
目標も持たず、ちゃらちゃら、遊びほうけているのは、性分に合わないようす。
自分へのご褒美で、遊んだり、食べたりするのはいいけれど、
ただただ遊んだり食べたりすることだけでは、あまりにも非生産的で、享楽的で、
建設的でないスタンスは、満足いかないようだ。
ご主人もお子さんもとても優秀だし、それだけでも十分素晴らしく、
それを支えに生きておられるお母さん方もおられるのに、
子供は子供。親は親。
わたしは、Fさんのそういうところに共感を覚える。
とても。
(ちなみに、わたしは、頭脳系は、不得意中の不得意。睡魔が、即、どどっと押し寄せる。
適材適所、各人に応じた方向性で・・・ということで)
自分が置かれた環境に甘んじないところは、とても立派だと思う。
自分の人生を、自分の力で切り拓こうとしておられる。
年齢のハンディに苦しみながらも、あきらめない姿勢。
成功しても、しなくても、彼女の頑張りは、必ずなんらかのカタチで、身となり骨となると思う。
ちゃらちゃら遊んでいるだけの人種は、わたしはどうも接点がない。
(といっても、いまのわたしは、頑張り時期は卒業したので、遊んでる。
次の頑張りまでの、燃料補給時期ととらえている。→自分に甘い)
なんの問題点も感じない人も、首をかしげる。(考える習慣がない?)
Fさん、がんばれ!!と、応援団になりたい心境だ。
ふたりで、遠い遠い将来のことをほんの少し話したが、わたしとかなり共通点があることがわかった。
老後のスタイル、スタンス、今後の課題、・・・似たような悩みや問題点を抱えている。
話し込むまでの時間がなかったのが、とても残念だが、
短い時間で、話はとても弾んで、まだまだいっぱい話したいことがあったけれど、あきらめた。
そうやって、楽しい時間を過ごし、ダンスのレッスンに20分、遅刻した。
で、その遅刻の件で、お局サマに、ねちねちイビられたが、
ほとんど、気にしていない、わたし。
時間に遅れて、かぼちゃの馬車で到着し、イジワル継母にイジメられる、シンデレラ。
→自分はいつも、童話のヒロイン
前菜は、ウニの卵クリーム。↓
お魚料理。クリームソースは、相性抜群。パリパリ野菜も食感が楽しめた。
メインは、牛肉赤ワイン煮込み。5時間?8時間?煮込んだそうな。
お箸で挟むと、ほろほろと崩れてしまう、やわらかさ。
デザートのブルーベリーケーキと、キウイのシャーベット。
コーヒーに、パンおかわり自由で、2700円。
プチコースは、1600円で、肉か魚かを選択し、あとは、決まっている(選べない)。
前回は、プチコースを食べて、それでも満足だったけれど、
Fさんが、せっかくだからと、メニューの中からひとつずつ選べる、こっちのコースにした。
トップ画像は、Fさんが選んだ、お肉のメニュー。