蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

で、答えは?

2021-01-26 | 日々のこと
趣味分野のことを書く。
それなら趣味SNSで書けば?
いや、あっちにはうるさい面々がいて、気が重い。
同じ自由に書く作文なら、誰も読んでないような、あるいは少々目障りでも大きな目で見てくれるような、蝶ブログに書くほうが快適だ。

と前置き。
しかし、趣味のことなので、一般の人よりうるさい面々が控えている部屋のほうが、内情はよくわかっている。
どっちやねん!
蝶に書くのか、あっちSNSに書くのか?!

まあそれはそれとして。
日本画家、千住博さんが高野山、金剛峰寺の襖絵を描くという内容をテレビ番組「NHKスペシャル」で見た。
千住さん、初めて知ったが、カッコイイ人だなあ、、、。
暑苦しさのない、「スタイリッシュ」とは、ああいう人のことを言うのだろう。
「Cool」という英語本来の使い方、意味は、ピッタリだと感じる。
残念な悲しい点は、わたしとは1μの接点もないということ。
もし、同じクラスにいても、先輩や後輩にいても、遠くから眺めるのみ!の人だ。
棲む世界が違う。
わたしの理想とするカッコよさをぎゅーっと凝縮して人間にしたようなかんじ。
一生、一言もお話ししないで、遠くから眺めるのみ、、、だろう。

て、著名人を自分の棲む空間に持ってくるあたり、ちょっとわたしの空想癖の世界。

昨日、わたしの大大大好きなNHKテレビ番組「ファミリーヒストリー」が放映された。
涙、鼻水、涙、鼻水、、、と、水浸しになりながら、食い入るように見た。
「バカリズム」。
涙なくしては語れないファミリーヒストリー。
しかし、肝心の彼は目を細めるばかりで、涙を見せない。
これでもか、これでもか、と泣く要素の展開オンパレなのに、彼の涙腺はびくともしない。
ある意味、期待に沿わない画面は面白みにかけるが、逆に演出っぽくなくて良い。

たぶん、お母さんがまだバリバリお元気で暮らしておられて、頻繁に連絡もされていることもあるからだろう。
まだ過去形になっていないから、涙が出ないのだと想像する。

ルーツって興味深い。
ある意味、丸裸。
しかも、不特定多数の人に公開される。
だが、別のある派手な女性ゲスト「A」の時はシラけた。
良いこと、キレイごとしか紹介されていなくて、思いっきりガッカリした。
まあ、本人が公開したい部分と公開したくない部分とがあるのはわかるが、見る側のアカの他人の外野としては面白くない。
仮に公開している部分は嘘ではないとしても、明らかに重要な重大な真実を隠蔽している。
でも別のバラエティ番組で紹介されていた過去のエピソードを聞いて、なるほどと、頷くものもあった。
この人の気の強さが、この人の人生を作り上げたのだと感じた。
嫌いな人なんだけど、気になる人。
そういう人、いる。
どうでもいい無関心、興味ない人よりは、嫌いな人のほうが順位が上らしい。
この毒々しい華やかな女性に対して、わたしは明らかに興味を抱いている。
好奇心からだが、わたしの人生のどこかに重なる部分がある。
それは昔タイプの女性なら少なからず共通する意識かも知れない。
女性に限らず男性にも共通するだろう。
ということは、どんな人にもこころの底にあるものなのだが、気づいていない場合や、あえて気づかないようにしている場合がある。
意識か無意識か。
気づかないほうが幸せなのかも知れないし、気づいたほうが深淵を味わえるかも知れない。
何ごとにもリスクヘッジがある。
良い面も悪い面もある。
良いほうだけを人に見せるのは、人として当たり前なんだろう。
嘘は言っていない。隠しているわけではない。
聞かれないから、あえて言ってないだけだ。
ただ、明らかに悪い面がハッキリわかりきって存在しているのに、そのことには一言も触れないというのはいかがなるものか。
(わたしはAには欺瞞、頭隠して尻隠さず、インチキを感じるが、、、)
まあ、わかる人だけがわかればよい話で。
どうでもいいことだ。
受け取り方は十人十色なので。
どの感じ方も、あり。
どれも、正解である。

て、こういうどれもが正しいという肯定論、今のSNSに見られる特徴らしい。
答えは一つではないので、統制が取りにくい。
自由を取り締まりにくい。
規制やルールを設けにくい。
一方が立てば一方が立たず。
全員立たせると、収拾がつかない。
カオス、混沌。
全員正解の落とし所は、どうすればいい?

みんなで考えよう。
、、、て、それ、すぐさま使える答えになってない。
即戦力なし。実効性なし。
そんなに即座に答えは出ないものである。